似たもの夫婦


M君につづいて、どうやら僕のベッドの正面にいるおとしよりも今度の土曜日に退院するらしい。
ほとんどの時間を与えられた姿勢から動かずに過ごし、おむつを替えることに抵抗し、痛みに対してはとにかく罵声を浴びせるという非常にヒステリックな反応をする人だった。
やっぱり、記憶の能力がどうもあやしくなっている感じだった。そして僕の見る限り、その度合いは入院中に多少は深刻になっていた。

とにかく、僕が彼の存在を意識するときといえば、
・何かの刺激に対して彼が「ばかー」と叫ぶとき
・持参の車イスに乗っている動かない彼の背中の一部がこちらから見えるとき
・おむつの中身をどうするこうする、と看護婦さんが彼に話しかけるとき
ぐらいであった。
とにかく発言らしい発言のほとんどが奥さん、看護婦さん、お医者さんへの罵声だったのだが、僕としては、どうして彼に残された発言が罵声のみなのか、ということは興味だった。

人間の苦痛の表現として初期から存在する行動様式に言葉がつけられたものなのだろうか。それにしても相手を非難するとはひどい。あるいは彼が人生で身につけた説得力を伴なった行動規制のための得意の方式なのだろうか。
彼の罵声を聞くたび、あるいは彼が罵声を発するのではないか、と緊張するたびに、僕はそんなことを考えていた。

彼のおくさんは毎日彼の世話をしに来ているのだが。
今日、彼女が彼に話しかけているのが聞こえてきた。
「ねえ。分かるかい?この人、10年前に女の子を4人も殺しちゃったんだよ。それでね、死体を埋めちゃったんだよ。覚えているかい?お父さんが、そのとき一緒に死体を埋めるのを手伝ったんだってよ。」
宮崎勤容疑者のことだ。1988年とか、1989年とか、そんな話だ。

(そんなこと、もう記憶の力も定かでなくなった男にいまさら言って聞かせてどうするのだ?)

彼女が彼に話しかける話題、というのはこの手の話題が多かった。どこかで凶悪事件が起こった、とか、誰かがひどい目にあった、とか、そんな話だ。
僕は、なんだか似たもの夫婦なのではないかという気がしている。

彼女が彼についての不満を言っているのを聞いたことがないし、彼女はよくやっていると思う。
この夫婦は仲がよいのだろう。

01/06/28


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