Sさんの事情


目が覚めると、ほんのりと薄暗く、黄色い光がカーテンの端から差し込んでいるのが見えた。いつもより遅い目覚めだった。昨日は夜更かししたのだった。
時計を見ると、もう5時をすぎていた。

いつもより遅かった代わりに、ロビーにでると外はもうすっかり明るくなっていた。空は快晴だった。
ソファのいつもの場所に座ると、僕は持って来たパーカーに袖を通した。右腕をくぐらすときに、手首がひどく痛んだ。昨日新しくつけかえた注射用のルーターだった。体に直接毎日針を差さない代わりに、これを着けっぱなしにしておいてそこに毎日注射をする。
投薬開始このかたの2ヶ月で初めてのつけかえだった。前のルーターは相性がよかったのか、僕の血管が太くて丈夫だったのか、とにかくいくら使っていても外れることもなく、目が詰まってしまうこともなかった。

新しいものは手首の血管につけられているから、手首のいろいろな動きにあわせて、血管壁を刺激してひどく痛む。

昨日、一昨日でルーターのつけかえに5回失敗された。両腕ともあざができている。ひどく痛い。

日記の書き出しはそんな感じだった。
右腕はボールペンを持つときに盛んに違和感を訴える、左手首の失敗のあとは血管に長い内出血の黒ズミを作っていてその形はまるでネコザメのようだ、とか、そんなようなことを僕は書いた。
左腕の内側は、内出血と外出血の入り交じった模様になっている。

Sさんが来た。ジョッキに入れたコーヒーと、パンケーキを持っている。
パンケーキは、昨日僕の夕食にあったのと同じものだ。彼の夕食のデザートの残りなのだろう。

「こねさん、腎臓食、食べたことあります?」
Sさんは、そう僕に尋ねて来た。
「『病院に入る前に』っていうことですか?」
ちょっと質問の趣旨が分からなくて、僕はそう尋ね返した。そうだ、と彼は答えた。
「通販で売ってるんですよ。」
「へぇ。」

食材が日量ごとにパックされたものが送られてくるとか、そういう話だった。
減たんぱくスパゲティーと減たんぱくごはんのおいしい食べ方について彼はいろいろと述べた。
腎臓食にはタンパク量とかのいろいろ制限がある。そういうのがあれば便利そうだな、と僕は思った。

「こねさん、それ、仕事ですか?」
彼は、僕のノートを見て聞いてきた。
「これですか?日記です。」
「ええ。日記ですか!」
「そうです。日記です。」
「日記なんてつけてるんですか!」
「ええ。いい暇つぶしですよ。おもしろいし。」
どういう風に書いているのか、と僕は聞かれた。
とにかく思いついた順番にどんどん書いていっている、と僕は答えた。
「僕も、やろうかなぁ。」
Sさんはそう言った。
「僕はネフローゼなんで、つけてます。難病の入院患者は、日記をつけるものと相場が決まってますから。」
その日記は手書きでなくてはならないと僕が続けると、彼は、そうでなくてはハクがつかないね、と言って笑った。
そのあと、しばらく2人で闘病日記論になった。


彼のその後の気分は、日記は書いても結局見返さないだろう、小説家になるためには、大病、失恋、貧困が必要だ、とかいうものだった。
日記は検査の待ち時間のときに暇つぶしに僕は読んだことがある、大病、失恋、貧困を経験しても、才能がなければ小説家にはなれないだろう、と僕は答えた。
版元に金を無心するために大阪から汽車で上京するぐらいでなければ貧困とは言えないとも僕はつけ加えた。

隣の患者さんのいびきが大きいので耳栓を買った、と彼は言った。
おとしよりのあとのベッドに最近入ってきた僕よりちょい下ぐらいのお兄ちゃんは、僕が起きるころには静かなものなのだが、起床時間に部屋に戻ってくると不思議によく大いびきをかいている。

ちなみに、僕は寝言が多い。
「寝ているときのみならず、起きていても寝言ばかりだ。」
と苦情を言われることも度々だ。

僕はCDを聴きながら寝ているからまわりの音は気にならないという話から、クラシックの話になった。クラシックは奥深いか?と僕は聞かれた。彼はドヴォルザークが好きだという。
「アメリカ人だから。」
というのが、その理由だった。アメリカ人は単純でよいらしい。
ワーグナーはダメだそうだ。名前が小難しいかららしい。
もっともな理由だ、と僕は思った。


彼の職業は歯科医ということだった。以前病院からいなくなった事情、というものを聞かされた。聞かされてみれば、なるほどそれは無理なからぬところであった。
僕は彼からそのあと、歯科医が患者を獲得するにはどうしたらよいのかとか、歯科医のトレーニングとそのセンスの関係とかについていろいろ聞かされた。
この近くに彼の医院があるということだった。

僕は、どこに住んでいるのかと聞かれた。どこそこだと僕が答えると、ならばどうして○○大学病院に行かなかったのか、そこなら行きやすいし、腎臓の権威だ、と彼は言った。
近所の総合病院から紹介されてそのまま来ただけだと僕が答えると、彼はいろいろな比喩を使って、その○○大学病院のスタッフ、施設他の素晴らしさを語った。
自分自身は近場のほうが透析の都合他でよいからここにした、と言うことだった。

○○大学病院というのは、おととい聞いたばかりの単語だった。
「必要ないのにボウコウの手術をされた。」
と老人が言っていたのは、まさにその○○大学病院だった。


看護婦さんが僕とSさんの朝の検温に来た。もうとっくに起床時間は過ぎている。僕らの大部屋の受け持ち患者の検温を終えて、検温用のキャリアをゴロゴロと押しながら、彼女はまっすぐにこっちに向かって来た。

検温を終えると、彼は持ってきた歯科医のための本を読み出した。

車イスのおばちゃんがやってきて、ロビーのテレビをつけた。テレビでは、芸能リポーター梨本勝が、二代目引田天功の情事に関するスポーツ新聞等での報道について独自の見解を述べた上で、彼女に対していろいろと素行上の注文をつける声明を発表していた。
僕はCDプレーヤーの再生ボタンを押した。

車イスのおばちゃんは、そのコーナーが終わるとテレビの電源を落としてどこかに行ってしまった。
帰り際、彼女はいちど車イスから首をねじまげてSさんの顔をじっと見つめていた。
Sさんがそれに気がついた様子はなかった。

僕の耳の中ではモーツァルトの40番が鳴り響いていた。

(やっぱり、これに限る)

僕は、しばらくこのままここでCDを聴きつづけることにした。

01/07/09


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