マチュピチュ
雲の揺りかご 眠る無人の都
霧にむせび 独り泣く女
山脈の奥 道の彼方に
空のまぎわに まどろみながら
乳母にあやされ カラカラと時を過ごす

植物の宴は 世界を手に入れた
山を越えあつめた 誰かへの想い
空を見あげた 遠い昔
石に刻んだ なつかしい記憶

石の回廊 揺らぐことなく
敷き詰められた 昔年の回想
雨に濡れる 道のあとさき
誰かの墓には いつかの来訪者

霧が抱く 彼女の背中
乳母は歌う やさしい子守歌
コンドルは舞う 遙か眼下
見下ろす川は あまりにも遠く

彼女は眠る 川音は遠く
見る夢はあでやかに 夢のまた夢に

マチュピチュはクスコ近郊の遺跡です。ビルカバンバ山群の標高2.280mの山頂にあり、下からはその存在が分からないようなつくりになっています。クスコからの日帰りも可能ですが、僕は3泊4日のインカ道トレッキングでこの遺跡に行きました。

マチュピチュ到着の朝は大雨でした。
降りしきる雨の中を早朝に出発した僕らは、山の中の道を歩いていきました。

どのぐらい歩いたのでしょう。
道中での出来事などをとりとめもなく考えながら石の階段を登りきると、石畳のインカ道のむこうに、彼女は「ふいに」その姿を現しました。
気圧の低い朝のマチュピチュの、その遺跡の背中から雲がゆっくりと登り、そしてやわらかく斜面にそって彼女を包んでいくのが見えました。

いくつかの峰がみえました。見下ろすと、遠くに川が流れていました。
朝の雨の中に遺跡は静かでした。

la ciudad (都市)という言葉は、まったくもって女性名詞だと僕は思います。
空にも、大地にも、誰にもよりどころを見いだせないまま、彼女はいまだに誰かの帰りを待ちわびて泣いているかのようでした。待ち人は帰ってくるのでしょうか?その答えは、彼女をやさしく見守る聖山ワイナピチュだけが知らされているのかもしれません。

マチュピチュは、スペイン人にクスコを追われたインカの民が逃げ込み、その復興を期して暮らしていたところだともいわれています。
彼女にとっての懐かしい思い出は、インカの民がここに集い暮らしていた日々なのでしょう。
しかし、それは彼らインカの民にとっては、すでに異邦人にその主役の座を奪われ逃げるようにして暮らしていた日々、昔を懐かしむ日々であったのです。

インカの民が彼女を見限り、橋を落としてビルカバンバのさらに山奥深くに入っていくと、彼女の時間はそれきり止まってしまいました。

マチュピチュの遺跡のやや小高い一角に、小さな花壇がありました。
その畳三畳ぐらいの花壇には、帝国領域のあちこちから集められた草花が植えられていました。かつてのインカ帝国の首都クスコにもそのような場所があったように。

僕は、インカの民がこの都に隠れ住んでいたとき、この花壇で季節の草花が花を開くたびにどういう気持ちになったのだろうと思いをめぐらせるたびに、とてもつらい気持ちになるのです。

(写真1)
好天時のマチュピチュ。からっと晴れていると、「天空の城」というイメージです。たくさんの鳥があちこちを飛びかい、さえずっていました。ここでは、遺跡を左側から見ています。奥に見えるのが、聖山のワイナピチュ。




(写真2)
霧につつまれるマチュピチュ。山の天気は変わりやすいのです。僕は、マチュピチュ到着の日は梺の街アグアス・カリエンテスに泊まり、翌日にもう一度マチュピチュを訪れました。




(写真3)花壇。






(写真4)
インカ時代の段々畑はその美しい姿を今もそのままに残しています。





(写真5)
聖山ワイナピチュからのマチュピチュ遺跡の全景。遺跡全体が、動物の型を意識したデザインとなっているのが分かります。インカ都市らしいユーモアです。




(写真6)
マチュピチュの遺跡にはリャマの姿も見られます。






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