プエルト・ナタレス
雪に閉ざされる風の大地
つかのまの夏
時の刻まれるのを愉しむ

終わらない昼
少年は薄着で駆ける
明るい夕刻を雲が流れる

家々もまばらに道はつづく
いつもの店でいつもの買い物
坂道を下ればさざなみの港

風の大地は今日も少年を祝福した
食卓にはとびきりのコルデロアサド
少年の家にはいつもの笑顔

吹き抜ける風
短い夏
時の刻まれるのを愉しむ

プエルト・ナタレスはチリ側パタゴニアの小さな街、パイネ国立公園への入り口になる街です。
マゼラン海峡の街プンタ・アレーナスから、バスに3〜4時間乗って、僕はこの街に来たのです。

季節はもう夏前だったので寒さはそれほどではなかったのですが、それでも夕方になると、強くて冷たい南風が吹き、コートなしではいられませんでした。
もっとも、夕方と言っても、南アメリカでもいちばん南のほうの部類に入る地域のことですから、夏時間の時計がもう午後の8時を過ぎてからの話です。
朝になるのも、とても早いのです。

僕がプエルトナタレスで泊まったのは、旅行者に部屋を間貸ししている小さな家でした。
この街に着いてバスを下りると、例によって何人かの宿の客引きがやってきたのですが、そのうちの一人のオバチャンが、以前にそこに泊まった日本人の推薦文をいくつか持ってきていたのです。

こういうことは、個人旅行をしていると、あちこちの街でときどきあります。

僕はそれにゆっくりと目を通しました。その中には、最近の日付のものもありました。
そうして、彼女のことも見てみました。彼女の誠実でやさしそうな目を見て、僕は彼女のところに泊まることにしたのです。

コルデロアサドというのは、「cordero=子羊」、「asado=焼いた」というところで、子羊のステーキのことです。パタゴニアでは、羊は重要なタンパク源です。

旦那さんと、どちらかの妹さんでしょうか、その家では3人暮らしのようでした。

最初の日、部屋に荷物を置くと、僕はしばらく街を歩きました。
山への入り口の街らしく、もともと地方の街ということもあって、とくに何もないおだやかなところでした。
その家からいちばん近所の食料品店まで、ぽつりぽつりとしか建物のない見通しのよい一本道を歩いて、3〜4分というところでした。
そこからまた同じぐらいにその道を歩いていくと、街でいちばん大きな広場のそばにでました。
そうしてまたしばらく歩くとようやく街の中心部にでて、そこで坂を下っていくと小さな桟橋になっていました。こまかく風に揺れる水面に、海鳥が何羽も泳いでいました。

彼女の家で、僕はとても面倒を見てもらいました。
バスの予約、荷物の管理などはもちろんなのですが、
僕が「コルデロアサドが食べたいなー。コルデロ、コルデロー。」などとのたまわっていると、時期的に子羊の肉は手に入りにくかったにも関わらず、どこからかとびきり大きな肉を入手して焼いてくれました。
これがまた、とてもおいしかったのです。
日本に帰った今でも、この街のことを思い出すと、あのときに食べた肉厚の厚いステーキのことを思い出します。

僕はパイネからこの街にもどって、彼女の家にもう一泊して、プンタ・アレーナスまでもどりました。
彼女の家を出るときに、僕も紹介を書いて、「日本人が来たら見せて」と、彼女に渡していきました。

(写真1)
プエルト・ナタレスを拠点に、パイネの山々をトレッキングしました。
パイネについては、また別の機会にご紹介できると思います。
絵はがきから。(リンク切れ中です)



(写真2)
プエルト・ナタレスは多くのトレッキング・ルートのあるパイネ国立公園への拠点の街です。





(写真3)
街からいちばん近い港へ。





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