国境(タクナへ)
陸路で越える
国境
夜の砂漠

見たこともないアスファルト
明るいイミグレーション
国境の意地がぶつかる

冷やりとした空気
検問はスムーズに
軽い冗談など飛ばしつつ

道は抜ける
新しい街の明かりはしだいに近く
しだいに強く

チリ、ペルーの国境であるアリカ-タクナ間には、コレクティーボと呼ばれる相乗りタクシーのようなものが走っていて、陸路では有力な国境越えの手段のひとつです。これは1台で片道6000ペソ(だいたい、15ドルぐらい)とその相場が決まっていて、普通4人乗りなので、ひとりが1500ペソずつ払う勘定になります。ところが、これは時刻表などない乗り物で、満席になるまでしつこく客を探して出発しないのです。

彼らは個人営業なので、なるべく回転をよくしたいのですが、同時に一度になるべくたくさんの人を運びたいのです。

もし急いで国境を越えたかったら、空席の分の料金を誰かが払わなくてはなりません。
そのときには誰かが全額を払う、ということもあれば、みんなで割り勘にするということもあります。

アリカで、僕は始めてペルー人というものにまともに出会いました。コレクティーボのドライバーはみなペルー人です。

僕が国境を越えるまでに入手していたペルーについての情報というのは、およそまともなものではありませんでした。
「とにかくペルー人はよく人をだます。」とか
「リマの空港では、ペルー人にもみくちゃにされてトランクを奪われてしまうことがあるらしい。」とか、
「ペルーではよくニセ札をつかまされるから気をつけた方がいい。」とか。
その多くは大バッドインフォメーションでした。
僕がサンチャゴから北に向かうと決めたとき、僕らの身の回りの世話をしてくれていたチリ人のおじさんは、
「コネサーン、ペルーハトテモキケンデスカラ、キヲツケテクダサーイ。」
と言って、僕を見送ってくれました。

スペイン語という共通の言葉を話し、陸路で国境を接している国とはいえ、どうやらチリとは事情は大きく違うらしい、ということはそれまでに十分に感じていました。

ラウカ国立公園でひどい高山病になり、予定よりだいぶ時間を取られてしまった僕は、山からやっと帰ってきたその晩、そのまま国境を越えてペルーきっての保養地アレキパに向かおうとしていました。

重症の高山病で身体的にもすごいダメージを負っていた僕は、もうフラフラでした。

ヨロヨロしながら大きな荷物をかかえ、たくさんのコレクティーボが止まっているアルマス広場のところにくると、たちまちたくさんのペルー人が群がってきました。

「ファルタンウナ、ファルタンウナ!(あとひとり、あとひとり!)」
「あとひとり!」というのは、コレクティーボの座席があとひとつ残っているから、君が来たらすぐに出発するよ。という意味です。
たくさんのペルー人がそう叫んでずんずんとやってきました。

僕はたじろぎました。はじめて見る「ペルー人」がたくさんいて、彼らがどんどん僕のほうに向かって突進してくるのです。

そのうちのひとりと目が合うと、彼は他に先駆けてたちまち僕の荷物を取り上げてしまい、ずんずんと歩いていきました。
疲労の色の濃い僕は茫然とついていきました。

彼は必要以外のものすべてを取り除いたアメ車のような彼の車のトランクに僕の荷物をほうり込み、僕にたちまち1500ペソを払わせました。

「うまくやったな!チーノ!」
と、別のペルー人が彼に言ったのが聞こえました。

「チーノ」というのはスペイン語で「中国人」という意味で、東洋人に対して使う場合はたいていは侮辱的な言葉なのですが、南米ではオリエンタルな顔つきをした人は「チーノ」と愛称される傾向にあります。
そう言われてみると、なるほど彼の目は小さくて細長かったです。

彼は僕のそんな発見には気がつくこともなく、また「ファルタンウナ!ファルタンウナ!」と叫びながらどっかに行ってしまいました。

車に残されたのは、僕ひとり。

そう、「あとひとり」どころか、5人乗りのこのコレクティーボの、僕は最初の乗客だったのです。

それでも僕は、まあいいか。すぐに人数は集まるだろう、と思って、しばらく車の座席に座って待ってみました。
しかし、他の客が来る気配は一向にありません。

僕は歩いて「チーノ」を探しに行って、聞きました。
「車はいつ出発するんだい?」
「あと10分だ。」
彼はそう言って、やることもなさげに道に座り込みました。

その晩のうちにタクナを越えてアレキパに行きたいという時間的にせっぱ詰まった事情があった僕は、しばらく待ってもう一度チーノに聞きました。
「チーノ、車はいつ出発するんだい?」
「あと10分だ。」
「さっきもそう言ったじゃないか。」
「あと10分だ。」

同じような問答をあと何度か繰り返しました。
そのうち、チーノは聞いてきました。
「なんだって、そんなに急いで出発したいんだ?」

僕は今晩中にアレキパ行きのバスに乗りたいんだ、という事情を彼に話しました。
すると、彼は言いました。

「そうなのか。それなら、急いだ方がいい。アレキパ行きのバスは夜中になるとなくなってしまうんだ。だから、今すぐ君はコレクティーボの空いている座席の分を僕に払って、出発するべきだ。」

でも、彼の言うことは明らかにおかしかったのです。
僕はアリカに来たすぐの段階で、タクナからアレキパへのバスは夜通し出発していることを観光局で確認していたからです。

僕は彼の目を見すえて言いました。

「そんなことはないよ。僕は知っているんだ。タクナからアレキパへのバスは夜通しあるんだぜ。うまいこと言って、僕にお金を払わせてしまおうってんだろ?」

チーノの動揺が伝わってきました。僕をみるチーノの目があきらかに浮つきました。僕は「そら見たことか!」と思いました。僕をだまそうったって、そううまくはいかないぞ!

しかし、すぐに彼の目に光が戻りました。そうして、彼は自信満々にこう言ったのです。

「何を言っているんだ。今日は日曜だぜ。確かに平日の夜中はアレキパ行きのバスは出ている。でも、日曜の晩は出ていないんだぜ。」

「え?」 (-_-;

今度は、僕が動揺しました。「日曜だから」という彼の理由もいかにもありそうな話です。観光局がいい加減なことを言った、というのも、ラテンアメリカではありふれた話です。話の真偽を確かめようにも、観光局はもう夜で閉まっているし、第一、もうお金を払ってしまいました。「やっぱりやめた。」と言ってチーノがすんなりお金を返してくれるとも限りませんし、だいたいそれでアリカで足止めをくっている時間もありません。と言って、このまま他の客が来るのを待って、本当にアレキパ行きのバスを逃すことになっても、僕にとっては似たようなものです・・・

結局、体力的にも参っていて交渉が面倒くさくなったのもあったのでしょう。
僕はコレクティーボの全座席分の料金を払ってひとりで国境越えをすることにしました。
およそ2時間の国境越えのあいだ、僕とチーノはいろんな話をしました。
彼は僕に自分の家族のことを話し、ペルーについて話してくれました。僕は遠く離れた日本のこととか、どうして僕が旅にでたのかとか、そんな話をしました。

僕はタクナに着くころには、彼とすっかり仲良くなったつもりでした。

タクナに着いて、バスターミナルで荷物を車から降ろすと、チーノは
「君を見送るよ。ちょっと先に行っていて。僕もすぐに行くから。」と言いました。

でも、僕がターミナルの中に入って振り返ると、もうチーノはいませんでした。車もありませんでした。
「あれ?チーノ?」
僕は彼の名前を何度か呼びかけて探してみましたが、彼はもうどこにもいないようです。

おかしいな、どうしたんだろう?と思いつつ、僕はターミナルの中に再び入りました。

すっかり夜も更けたターミナルの中には、たくさんのバス会社の窓口がならんでいました。
アレキパ行きのバスは日曜でも夜通し運行している、ということを僕が知るのには、たいして時間はかかりませんでした。

(写真1)
これはアレキパ-ナスカ間のバスから撮った写真。バスが徐行している間、いろんな物売りたちがバスの窓に集まってきました。




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