have an axe to grind

そのまま解釈 磨り潰すための斧をひとつ持つ
慣用句としての意味 胸に一物を抱く
採集場所 英語を学ぶ人のための英語史(桐原書店)
なんじゃソリャ指数 ★★★
とりあわせ指数
慣用句度 ★★

米国英語の慣用句だそうです。
これは、"grind"のコンセプトを「(穀物等を)磨り潰す」としてしか掴んでないとハマります。僕も辞書を引いてみるまでちょっと勘違いしていました。

grind;
1. a. To crush, pulverize, or reduce to powder by friction, especially by rubbing between two hard surfaces. grind wheat into flour.
b. To shape, sharpen, or refine with friction. grind a lens
[American Heritage]

この場合、a.ではなく、b.です。「研ぐ」ということ。なんだ。
でも、こういうのは、周辺情報が少ないと、勘違いしちゃうことありますね。
杉田敏先生の「人を動かす!話す技術!」の中にも、道にある"nail"という表示をくぎのことだと思って不思議に感じていたら、女性向けのつめに関する看板だった、というエピソードが紹介されています。
ま、これはちょっと違う話ですが。

"nail art" が「釘の芸術」だったら、それはそれでアバンギャルド(avant-garde)ですが、ちょっとびっくりです。


同じ「胸に一物」と言うにも、研ぐのが「斧」だというところが、なんとも米国らしく、かつアングロサクソンらしいという気がするのは僕だけでしょうか?

日本だったら、「胸に一物を持ち、密かに研ぐ」といえば、包丁ですよね。同じ研がれるにしても、日本だったら斧より包丁のほうがぜんぜん怖い。これが、逆にアメリカ人だったら、斧を持たせるほうが包丁より怖い。アメリカ人の研ぐ包丁って、あまり切れ味よくなさそうです。研いでも研がなくても、殺傷力はあまり変わらないでしょ。どこまできちんと研ぐのだか、果たして疑わしい。

「包丁」のほうが、研ぎ澄まされた、鬱な殺意を感じさせられます。
たとえば、よく日本の昔話で、山に迷った人が老婆にかくまわれたと思ったら、それが山姥で、隣の部屋で包丁を研いでいることが聞えてきてきたのでぞうっとして逃げ出した、というような話がありますが。
あれなんか、包丁を研いでいるシーンに鬱な殺意をひしひしと感じさせられるから怖いわけで。
もし研いでいたのが包丁ではなく、斧だったなら、そんなに怖くないと思います。
それに、同じ追われるにしても、「包丁を持った山姥」のほうが、「斧を振り回す山姥」よりも圧倒的に怖い。

「斧」だと、怒り、恨みのパワー爆発!という感じです。
もう、道具の仕上がりなんてどうでもいい。とにかく、いますぐブン殴る。ブン殴るついでに殺してしまえ!という感じ。後先も計画もクソもないです。一時の感情に任せて、手元の道具をなんでも振り回してくる感じです。なんというか、そのほうがアングロサクソンの殺意っぽい。
だから、日本の山姥に追われる物語で、山姥とアングロサクソンが入れ替わったら。
これはもう、あからさまに斧をブンブン振り回してこられるほうが、包丁よりもぜんぜんイヤです。厠に逃れても、山姥と違って、厠の壁ごと破壊して乗り込んできそうです。


結論:
斧を研いでいるアメリカ人を想起して「胸に一物を持つ」という状態をリアルに想像しろと言われても、僕には無理です。


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