「びよらじょーくの部屋」開設からずっと長い間、「湖の精」は「ばよりんをうっかり落とす」、「びよらをうっかり落とす」というネタの2連作でした。
当初のこれらは、とても似通った構成でした。


その1

あるばよりん弾きが、とある湖のほとりでばよりんの練習をしていたのだが、間違ってばよりんを落としてしまった。
すると、湖からちいさいばよりんとおおきいびよらを持った美しい精霊が現れて、こう聞いた。
「あなたが落としたのは、このちいさいばよりんですか?それとも、このおおきいびよらですか?」
ばよりん弾きは、正直に答えた。
「そのちいさいばよりんです。」
精霊はそれを聞いて、言った。
「頼むから、びよらをもってってくれ (-_-; 」


その2

あるびよりすとが、とある湖のほとりでびよらの練習をしていたのだが、まちがってびよらを落としてしまった。
すると、彼が落とした楽器ともうひとつの黄金色に輝く楽器を持った美しい精霊が湖から現れて、こう聞いた。
「あなたが落としたのは、この楽器ですかそれとも、この楽器ですか?」
びよりすとは、うそをついた。
「私が落としたのは、あなたが持つその黄金のびよらです。」
精霊はそれを聞いて、悲しそうに言った。
「これはびよらじゃない。トランペットだ。」


入院直後のある夜、僕はふと思いました。
「そういえばまだ、ふつうに斧を落とす、というパターンを作ってないな。」

僕はうっかり斧を落とす、というネタの新作を作ってみました。
それは、「金の斧と銀の斧」という有名な童話をそのままにした、これまでの2つの作品のパターンからはちょっとはずれた趣向のものでした。


その3

あるきこりが、とある湖のほとりで休憩していたのだが、間違って斧を落としてしまった。
すると、湖から金のびよらと銀のびよらを持った美しい精霊が現れて、こう聞いた。
「あなたが落としたのは、この金のびよらですか?それとも、この銀のびよらですか?」
きこりは正直に答えた。
「びよらなんか、いらない。」


それからまたしばらくしたある夜、また僕は考えました。

(まだ、他に落とせるものはあったかな?)

ばよりん、びよら、おの・・・。
僕は気がつきました。

(そうだ。まだ、びよりすとを落としていない)

新しい趣向の作品を作った直後のことです。僕はこれらの作品群のありかたに対して、以前より気分的に自由になっていました。
僕はもう一度、「4つのものを落とす連作」としての視点から、それぞれの場合にどういうことが起こるか新たにイメージしなおしてみました。

ただ、それは結構たいへんな作業でした。


まず、ばよりんをうっかり落とす場合。
これは、唯一、当時から今も残っている形です。
もともととても気に入っていた形のオチです。これ以上のものは考えられませんでした。
これについてはこのまま固定するのがいいだろう、と僕は考えました。

次に、びよらをうっかり落とす場合。
「何らかの形で精霊が苦しむ。」
やはりそうなるのだろうとは思いました。いちばん極端で自然なのは、例えばショックで死んでしまう、とかそういうオチです。
ただし、ばよりんを落としたときに精霊が湖からびよらを持って現れる、ということはもう決定です。
ばよりんのネタで精霊が平気な顔をして(か、どうかは分かりませんが)びよらを持ってくるというのに、ただびよらを投げ込まれたぐらいであんまりおおげさなアクションを起こされてはおかしいです。
ばよりんのネタと矛盾しない話にしなければなりません。

斧をうっかり落とす場合。
落とすモノがモノですし、やはり原作のパロディ性を強く押し出したほうがよさそうです。
「金のびよらと、銀のびよらを持った精霊が出てくる。」
ここまでは良さそうです。
ただ、オチの部分についてはまだ他にいろいろ考えられそうな気がしました。

びよりすとがうっかり落ちる場合。
これが、どうしたらいいのかぜんぜん分かりませんでした。
なんらかの形でやはり精霊はネガティブなアクションを起こすのだろうとは思いました。
でもこの場合もびよらを落とした時と同様に、ばよりんを落としたときと話が食い違うようなことがあってはなりません。
そしてもうひとつ。びよらを落とした場合とびよりすとを落とした場合と何が違うのかが僕にもよく分かりませんでした。

それぞれについていろいろな条件が絡んできそうです。すべての場合についてさまざまな切り口から検討してみましたが、しっくりくるアイデアが湧きませんでした。
4つのネタをどういう配列で並べていくか、という問題もあります。

どうしようかと思っているうちに、僕は寝てしまいました。


次の日の朝は、いつもよりだいぶ早く目がさめました。まだ夜が明けてすぐ、というころでした。

目が覚めたときの習慣として病棟のロビーに出たとき、僕は、ロビーの大きな窓の外に精霊の姿を見ました。
僕が見た精霊は、苦しそうな顔をみせてからスッと明け方の霧の中に消えていきました。

その姿を見たとき、僕の中ですべてが解決しました。

(悪意だ)

「うっかり落とす」という元のパターンにとらわれすぎていました。
びよらは「うっかり」ではなく、悪意を持った人物によって「故意に」投げ込まれるとしたら。

そのときは、うっかり落ちるびよりすととの対比もできます。
悪意を持って投げ込まれるびよらに精霊が苦しむのなら、ばよりんのネタで精霊がもともとびよらを持っていることとも特に矛盾しません。モトネタの童話とも微妙に関連があります。

(悪意のある人物によって湖にびよらが投げ込まれ、精霊は苦しんで消えていく)

これで行こう、と思いました。

そしてまたその瞬間、「うっかり落とす(落ちる)」というパターンから開放されたからでしょうか。
「びよりすとが落ちる」というネタのオチも続けて浮かびました。
うっかり落ちるびよりすとは、精霊登場の機会もなく、そのまま溺れてしまうのです。

さらに、このびよりすとのネタで精霊のアクションがなかったことで、「精霊がアクションし、誰かがそれに答える」というパターンからも開放されたからでしょう。
「斧を落とす」というネタのオチももっとも自然なものが浮かびました。
「精霊に問われるが、きこりはそれに答えるまでもなく、斧のことはあきらめて帰る。」
というのがそれでした。

前の晩にさんざん悩んでいたことが、翌朝ロビーで窓の外を見たほんの一瞬にすっかり解決してしまったのです。
それ以上考えることはなにもありませんでした。僕は、しばらく窓の外を見ていました。

ただし、イメージとしてのネタがまとまってから実際に僕が書きはじめるまでには、ちょっと日数がかかりました。
気分的に中断されることが多くなかなか気が乗らなかった、というのがその理由です。


配列については、あえて触れるならひとつだけ。

「びよりすとが落ちる」というネタを2番目に持ってきたのは、「うっかり」という雰囲気をもつ「びよりすとが落ちる」というネタを「ばよりんをうっかり落とす」というネタに続けるのがよいだろうということです。
これと「びよらを落とす」というネタとどちらを2番目に持ってくるかということについては、ほんのちょっと考えました。

連作としての雰囲気を大事にするために、「その1」についても言葉の流れ等に微妙な改変を施しました。

01/06/20


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