先客に影法師
目が覚めたのは2:45ごろだったのに、それから記憶が途切れたはずもないのに次に時計を見たときにはもう4:15になっていた。
僕はいつもの段取りで、トイレに行った足でロビーに行くための準備をした。
洗面台の前に本やらうがい薬やらを置いてトイレに行こうとしたら、早起きしてきたひとりの男の人とすれ違った。さいきん見るようになった顔だ。さいきんといっても、きっとここ2週間ぐらいのうちのどこかだろう。
彼は、トイレに行くでもなく洗面台に用があるわけでもなく、通路を抜けてどこかに行ってしまった。
今朝は、多少神経質な気分だった。
黒ひげの量を減らして何日か目、というところだ。前回は、ここで病気がぶり返して失敗した。
L先生によれば、尿にタンパクが出ていれば見れば分かるらしい。
(泡立っていない)
ここのところのそれと特別変わらない。とりあえず、僕は安心した。
前回の反省で薬も増えた。これでうまく行ってくれるはずだ。
うがいをして歯を磨いているときに、僕はボールペンを忘れて来たことに気がついた。さいきんボールペンをCDプレーヤーとCDを入れるプラスチックケースにあわせて入れることにしたのだが、まだ自分の中で習慣化していないらしい。僕はベッドにボールペンを取りに帰った。
ボールペンを取ってロビーにやってきた。外は、もう夜が明けているが暗い、という感じだった。
今日こそ雨かと僕は思ったが、よく見てみるとやはり晴れだった。
いったいどうして、今朝こそ雨だと僕はいつも思うのだろう。
たしかに先日の雨以来、窓にも水滴の後が残ったままなのだが。
ロビーには先客がいた。さっきトイレの前ですれ違った人だ。いつもは僕が座るべきロビーのソファの角に座っている。
僕は、その反対側のソファに座った。この位置からだと病院の前の街道はすぐに視界から消えてしまい、自然に覗ける視界にはゴミゴミと雑居ビルやら背の低いマンションやらが続くばかりだ。窓ガラスの前に並ぶ観葉植物の配置も、僕の視界にとって不都合だ。
僕は、とりあえず日記を書こうと思った。
・・・ところが、日記帳も忘れてしまった。いつもながら、忘れ物が多い。
今朝から、看護婦さんにロビーで質問されるときに備えて、健康チェックシートみたいなものもロビーに持ってくることにしたのだ。そのことばかり気を使ってしまったので、忘れてしまったのだろう。
移動が多くなるのがイヤだったが、さっきのトイレで見たものを思い出して、ちょっと自信を感じて僕はもう一度ベッドに戻って日記帳を持って来た。
日記に書くことは何もなかった。前の晩、消灯時間前にほとんどのことは書いてしまっていた。
僕は仕方なく、消灯時間の後にかけた何件かの電話の内容について書いていった。
8行になった。
日記を書いている間に、ロビーにいたもうひとりの彼はいなくなった。
そうして窓の外を見てみると、もう空はけっこう明るい。
僕は、いつもの場所に席を移ってから、窓の下を見てみた。
交差点では4人の男女がタクシーを待っているようだった。
商店街のほうから歩いて来て、信号のところでいつまでもひとかたまりになっている。
3人が男、1人が女だった。
タクシーを待っているようだったが、タクシーはなかなか止まらなかった。
そのうち男のひとりが商店街のほうに戻っていき、3人になった。
そうしてしばらくして、僕の視界からはちょっと見にくくなっている5差路の1本のほうに3人はいなくなった。
・・・と思ったら、そこからイエローキャブとでも言うべき黄色いタクシーが出て来て、交差点で曲がっていった。
街道のほうに目をやると、黒いタクシーが貨車の上に積まれてハザードランプを出している。
ネクタイ姿のタクシーのドライバー氏と思しき人物、貨車の運転者と思しき蛍光安全ベストをつけた人物がいろいろと動きまわっている。
どうなるのだろうと思って見ていると、そのうち安全ベストの人物が荷台に乗せたタクシーのハザードランプを消し、タクシードライバー氏が街道の手前側においてあった三角表示板を取り上げ、荷台に積んだ。
そうして、ちょっと目を離した隙に彼らはいなくなった。
それきり何もしないでいたのだが、そのうちちょっとお腹が痛くなってきた。
ベッドに戻っておとなしくしているのがいいだろう、そんな気がしてきた。
ベッドに戻って時計を見た。ロシア語会話までは、まだだいぶ時間があった。
とりあえず、「田園」を聴くことにした。
(今日もやることが多くてまいるな)
そう僕は思った。お見舞いに友達が来るはずだ。amazonで買い物もするつもりだ。そして朝からNHKロシア語会話、NHKの新日曜美術館は朝見るべきか、夜見るべきか・・・
(新日曜美術館?!)
中村幸代だ。忘れていた。
昨日の夜、国宝探求のオープニングで彼女の曲を聴いてみようと思っていたのだ。
電話をかけていたので、すっかり忘れていた。
(また来週か)
そうは思ってみたが、また来週も同じことをしてしまうのではないか、そんな気がした。
01/07/01
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