お魚さんの自己主張
免疫抑制剤「ネオーラル」での投薬治療がはじまった。ステロイドの注射と併用だ。とりあえず、経口薬を、毎日決まった量飲む。
水曜日の教授回診のあと、看護婦さんがすぐに病院の内服薬の紙袋に入れたその薬を持って来た。
やけにデカく膨れた袋だったが、1週間分、ということだった。紙袋の、口が開いている。
これが紙袋を開けて見てみると、異常にデカい薬のケースだった。薬1錠それぞれが、使い捨てコンタクトレンズのケースを多少小さくしたぐらいのものに入っている。長方形の片方側だけが裏側に曲面に陥没している形だ。5錠で1セット。それが数えてみると、6セットぐらい入っていた。
紙袋が膨れていたのは、それぞれのケースが異常にデカくてかさばるからだ
色も普通じゃない。表側は鈍い金色、裏側はまばゆいばかりの銀だ。
「サイボーグ養成薬」といった感じだ。普通の薬ではない。
「俺はタダモノではないから気をつけろ。」
そう主張しながら悠々と海底を泳ぐ、例えばミノカサゴのような毒魚のような薬だ。
その外装を見たときに、僕はそう思った。
これと比べれば、きちんと飲んだか、飲んだかとしつこく僕がいつも看護婦さんに確認される、例えば普通に処方される「セルベックス」とかの胃薬なんかとは、個々の存在感がまるで違う。
(注:僕はこのありふれた薬を飲むのをよくうっかりする)
「セルベックス」なんか、本当に「存在感なし」という言葉の代名詞のような存在だ。NHKの語学講座に例えれば、ロシア語会話のシオダ君のようだ。
彼らはきちんと整列された小さなカプセルのシートの形で一度にまとまった量を渡されて、
「ボクらは小さなかわいいお魚さんだよ!」
という雰囲気満載!
乳白色とモスグリーンのツートンカラーで、色合いもかわいい。
ひっくり返せばカタカナで商品名が書いてあり、ご丁寧なことに、シートから薬を取り出す方法の図解まで入っている。
「ネオーラル」にはそんな親切な説明はない。
自己主張の強い横文字が表面に並んでいて、ロットナンバーまで打ってある。
「この薬を飲むということは、ただごとではない。」
そういうことが、誰にでも分かるようになっている。とにかく恐ろしい威圧感だ。
翌朝の朝食後、はじめてその薬を飲んだ。使い捨てコンタクトレンズを取り出す要領で、表側から薬を取り出す。迂闊に取り出せない雰囲気なので、間違って落としたりしないよう、朝食を終えてから僕はベッドの上で慎重にそれを取り出した。
鈍い黄金色をした、表側からだ。
中から出て来たのは、小さなかわいいお魚さんとは違う、コルゲンソフトカプセルのニセモノのようなものだった。
ホンモノよりはちょっとカスタード色が強い、いかにもニセモノらしい鈍い色をしていて、それがまたタダモノでない雰囲気をより強力なものとしていた。
これがまた、異常に強烈な臭いがした。
やはりこいつらは、この世に生まれ落ちるときからすでにタダモノではない。
「ホントに飲むのか?ホントに飲むのか?俺はタダモノじゃないぞ。俺はタダモノじゃないぞ。」
と、僕に意志の確認を何度も求める強い臭いだった。ガマンして、僕は他のカワイイお魚さんたちと一緒にソイツをお茶で胃に流し込んだ。口に含んだときにも、僕は舌の上でもういちど警告された。
昨日の朝の注射のとき、そんな話をいつもの新人の女医さんにした。
「あはは。そういうもんですか。」
彼女には緊迫感はない。
「それ、なくさないで下さいね。この前みたいに。簡単に処方、できないんですよ。」
このあいだ僕がセルベックスをなくしたときの話だ。
言われる前から、この薬には、
「ちょっとぐらいなくなったって、大丈夫!」
みたいな雰囲気はない。
セルベックスなんて、なくしてしまってもなんの罪悪感もない。
「かわいいお魚さん、どっかいっちゃった。。。」
その程度の話だ。
「6錠ぐらいなくしちゃいました。もっとください。」
そのときはそう言って、僕は追加をしてもらった。
今日は新人の男の先生が注射に来たので、今日は彼に同じ話をしてみた。
「まあ、何事も経験、と言いますからね。」
注射に集中しつつもいちおうなんとか話を聞いて、うわの空気味に彼は僕にそう言った。
「じゃ、先生も経験してみます?これ、飲んでみるのも、いいかもしれないっすよ。」
彼が注射を終えたタイミングで、僕は彼に尋ねてみた。
僕は、もう経験したからいい。
01/06/15
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