NHK教育3連発
昼12:00から、表千家「茶の湯」を見た。
先週、偶然昼ゴハンを食べながら見たのが最初だったのだが、すっかりハマった。
もうおもしろいことが分かっているから、今日は12:00ごろに昼ゴハンが来たのだが、この番組が終わるまで食べるのを待った。
出てくるものすべてがすばらしかった。終わってすぐに名曲アルバムだったのだが、それも忘れて見損ねてしまうぐらいの読後感だった。
(もっとも、腹が空いていた、というのも大きかったが)
茶道というのは、おそらく「徹底した合理化と気づかい」の結晶だ。
テレビに出てくるすべてが魅力的だった。
長年かけて洗練されてきているだけあって、すべてが合理的に仕上がっていて、なにより物への配慮、人への配慮がなされている。
客の作法、気遣い。
露地での作法、亭主の心づかい。
この世界では、合理化は配慮のためにある。
例えば、「つくばい」と露地で水で手を洗う場所があるのだが、そこで手を洗って桶を置く置き方ひとつでも、あれはやっぱり配慮がある。
とにかく、合理的で人間性が出てくる生き生きしたものは好きだ。
動きも穏やかで、トレーニングのしすぎで病気が再発、とかあまり心配しないでよさそうだし。
退院してから機会があったら、やってみたいところだ。
今夜は、9:30から初回放送がある。
機会に恵まれれば、見る。
15:30から、NHK人間講座の再放送、「作家の誕生」を見た。進行は猪瀬直樹、彼も作家だ。
前回放送を番組表で発見したときから見たいとは思っていたのだが、先週はそれどころではなくて、見れなかった。
「サラリーマンとフリーランス」
というのが今日の副題で、職業作家、というものが明治後期に成立していく過程についての解説が今回の放送のおそらく狙いだった。
そもそも作家というものの地位は低かったのだが、新聞社が部数獲得のために新聞小説をはじめたのが始まりで、夏目漱石を朝日新聞が職業作家として呼んだのが、まともな職業作家のはじまりだ、というところから話ははじまった。
猪瀬直樹は、淡々と無駄なく解説を進める。
遅れて雑誌が発展してきた。中央口論だ。これの編集長(名前忘れた)というのが
「カロリー、カロリー」
が口癖の脂っこいものばかり食べる男だったらしいのだが、ヤリ手だったらしい。
有名、無名の作家にどんどん小説を書かせ、そのバラエティに飛んだ取り揃えで評判を得て、彼が入社当時1,000部、編集者2名とかだった中央口論を、エラい部数の雑誌に育て上げてしまったそうだ。
彼に声をかけられて小説を書く、ということが時代の作家としてのひとつのステータスにもなった。
しばらくして、菊池寛が登場する。
彼は、妻子持ちで新聞社時代に務めていた29才のころにその中央口論のカロリー編集長に見つけられた。
それまでも、いろいろととにかく苦労人だったらしい。
そして、「真珠婦人」を毎日新聞に連載し、大好評を得る。
そのだいぶ前に世に登場し、一躍脚光を浴びた旧制一校の同期、芥川竜之介を凌ぐ人気作家となる。
「25才までは小説を書くべきではない。暮らしていた、ということが大事なのだ。特に、若いうちにうまい短編を書けてしまうような奴は一番あぶない。」
と、彼はどこぞに書いたそうだ。芥川を揶揄、していないでもない。
「実際、芥川竜之介は才能の行きづまり感から自殺してしまうのですが。」
猪瀬直樹はそう言った。
しかしそういう菊池寛も、中央口論に初登場した小説「無名作家の日記」の主人公に、才能があり世に出ていく友人を妬ませ、自分には彼ほどの才能はない、国で教師でもやって平和に暮らすのが似合っている。流行作家など、くだらないものだ、目指すべきものではない、というようなことを言わせている。
「菊池寛の言う25才とは、今で言う35才ぐらいのことです。」
と、猪瀬直樹は言った。
文芸家とかなんとかだと才能だけでとりあえずどうにかなってしまう、というのは確かに怖いのだが。
晩年の芥川が苦悩していた、と言われてもピンとこない。作品の内容的な違いがやはりあるのか?
初期以降の作品の時系列がよく分からない。
「或る阿呆の一生」が最後のほうだったことは間違いないが。
菊池寛のほうは、もっと分からない。
人間いろいろだ。
中国語会話の再放送を見た。15:00からだった。
同じ番組でも昼間に見るとこんなに違うのか、と思った。
やっぱり、昼間に時間をやりくりして落ち着かない気分で見るのとは、ぜんぜん違う。まわりもうるさいし。
内容は確かに同じなのだが、なんだか違う番組を見ているような気分にもなった。なかなかいつもどおり番組の中の世界に入れなかった。
今回再放送を見て、稚広ちゃんがちょっと沈さんに誘い出されたからってそんなに大騒ぎしないでもよいのだ、と分かってちょっと安心した。
・・・というか、こないだの金曜日の放送の後、いろいろ感想書いていたけど。
(よく、こんなとこまで見ているな。このヒト。)
と、むしろ金曜日の朝の自分に感動した。言われてみれば、たしかにスキットの入りで稚広ちゃんは右手を伸ばしているし、スカートは中華要人柄だし。
「明明来了」の明明がでてくるところのボトルのラベルなんか、ふつう気がつくようなものではない。
今日は、むしろ文化コーナーの1,980年のドラマのほうの印象が強く残った。
このドラマででてくるあちこちのセリフ、というのが、
「このテープレコーダー、小さいな。日本製か。ウチの職場の集会で使うのは、もっと大きいぞ。」
「欧州は中国より発展しているのよ。」
なんていうのもどうかな、と最初は思ったのだが、別のシーンになると、
「体制的な工場長にウチの夫は反発した。」
と奥さんが言うと、ダンナのお母さんが
「そのぐらいで、なんだい!」
「給料が減るかもしれないんだよ!」
「そんなこと、あるのかい?国が払うんだろう。」
「工場長が勝手にそうするのよ!」
とか言ってると、すっかり酔っ払った夫が登場。
「給料減らされたら、工場長のところにメシ食いにいってやる!」
おかあさんが、
「そんな目にあったら、壁新聞を貼ってやるよ!」
「おかあさん、壁新聞も違法なのよ!」
とか、そんな具合だ。
1,980年の中国で、こんなドラマが許されていいのか?という感じだった。
不穏な動きを煽っている、と解釈されても仕方なさそうだが。
今の中国でだって、こんなの放送したら反体制的だ、とか国に思われないのだろうか?僕は中国のことは分からない。だいぶ気になった。
このドラマは果たして1,980年に作成されて公開されたのだろうか?文脈的にはそうっぽかったが。
中国政府はそれを見て何を思ったのだろう?
陳さんも、ドラマが終わったあと興味深げな顔をしていた。彼女の年齢はよくわからないが、おそらく当時、日本なら小学校には入っているかどうかぐらいの年であろう。
彼女が興味深そうな表情をしていた、ということは興味深かった。
文字あてクイズの漢字がどこで出て来たのかは、また分からなかった。
あの問題、難問だよ。
01/06/19
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