デニースのとっておきの日

デニースのとっておきの日


今日のロシア語会話のオープニングは、ヤケにみんなうれしそうだった。

シオダ君もニヤニヤしていたし、黒田先生も、水槽のガラスの表面を舐めるようにうれしそうだった。
オクサーナのシルクのシャツもうれしそうだったし。
そして何より、今日はデニースがなんだかやたらうれしそうだった。
「夏ヤスミだとオモワないで、ガンバって!」
今日の彼はいつものガッツポーズではなかった。体を横にしての、ニヤニヤしたガッツポーズだった。腰が悪そうなのは相変わらずだが。


彼らがどうしてそんなにうれしそうだったのか分かったのは、「ソローキンのロシア文学案内」のコーナーの後だった。

「今日は2月に1度の、デニースが歌う日です!」

「ソローキンのロシア文学案内」のコーナーが終わると、スタジオのいつものホワイトボードセットのところで、シオダ君がそう叫んだのだ。
左から黒田先生、シオダ君、デニース、オクサーナ、という配置ですでに全員待機している。

(デニースが歌う?)

「日曜日」
だったかな?
月曜日は市場にでかけぇ〜糸と麻を買って来たぁ〜トゥリャトゥリャ〜♪
というあの歌を彼が歌う、とシオダ君が言った。
この歌の日本語版を知っているか?とシオダ君が日本語で尋ねると、デニースは、なにやら恥ずかしそうにいろいろロシア語で答えた。オクサーナがそれを通訳した。

デニースのプロフィールをNHKのHPで見たような記憶はあるが、彼が歌手だ、という紹介を読んだ記憶はない。
この番組で歌う役と言えば、ウラジミール某だ。それを何故、デニースが歌うのだ?
だいたい、デニースはシャイキャラで、歌う感じではない。芸術家風でもないし。
はてさて、と思っていると・・・

デニースが突然、どこかから女性ものの黄色いスカーフをとりだして、エイ!とばかりにかぶりはじめた。
女の子の歌だから、女装して歌う、と主張しているのだ。
普段はシャイキャラのはずのデニースの思い切った行動に、スタジオの残り3人はガゼン盛り上がった。
今日の彼の格好は、茶色と白の太い縦縞のシャツに、よく洗った感じの薄い色のジーパンである。
それが今となってはその上に、黄色いスカーフまでをも被っている。

「デニースがデニス子になっちゃった!」

興奮したシオダ君が叫んだ。
すぐにスタジオに伴奏が流れ出し、デニースが歌い出した。


これが、ひどかった。

デニースはロシア語で歌っているのだが、
「何曜日は何々をして〜♪」
のところが、リズムが伴奏とまるで合っていなくてロレツもまわっていなかった。
「トゥリャトゥリャ♪」
の部分も、リズム感がまるでなかった。

そのデニースに合わせて、他の3人もいつものホワイトボードの前に整列して、拍手をしながら軽く足踏みをしつつ、みんなで楽しそうに歌った。
シオダ君がいちばん楽しそうで、黒田先生も普段しないことをする楽しみに満ちた表情をしていた。オクサーナはそういうもの、と割り切った感じで冷静に楽しそうだった。
シオダ君はロシア語の部分はとにかくニヤニヤだけして、「トゥリャトゥリャ〜♪」の部分だけは楽しそうに合わせて歌った。オクサーナの口が動いていた印象はあまりない。
そういう3人を超越して、黄色いスカーフ、茶色と白のシャツ、ジーパン姿の大柄な男デニス子は、リズム感よさそうに足をばたつかせながら、調子はずれに動きながら歌った。
もちろん、彼がいちばんうれしそうだった。

歌の最後には、彼は頭に巻いたスカーフの首のあたりにあまった両端の先っぽの部分をそれぞれ両手で掴み、音楽の終了に合わせて振り回してシメた。
みんな大満足だった。

その様は、全体としてはまるで、「三年奇面組」マニアのまま大きくなった人たちがやるちょっと気の変わった学芸会のようだった。

(さすがロシア語会話。やってくれるぜ)

この歌を聞いている間、おそらく僕の血圧は入院以来の最高潮に達していた。


その前の「ソローキンのロシア文学紹介」のコーナーは、「チェーホフ短編集」だった。

「ロシアの日常生活の小さな事柄を、柔らかいタッチで描いた作品群。」
そういう趣旨の字幕が流れた。

「彼の作品を読んでいると、ロシアの乳白色のやさしいたそがれを思い出します。」
最近、彼の文学紹介のパターンが読めてきた気がする。まず、この大袈裟な比喩だ。

「チェーホフはソフトな皮肉で物事を見る皮肉屋です。」
そして、作者への比喩だ。
「ソフトな皮肉」は人々が生きていくのに助けとなるものらしい。そして、彼にはそういう目で見る才能があるのだと言う。

「トルストイは彼を『最高の作家』と言っています。」
よくわからんが、トルストイがそう言うからには、すごいのだろう。

「彼はよい医者のように、生活の見方を教えてくれます。記述、会話、話の巨匠です。」
そんなことを言って、彼は閉めた。彼自身も不遇だったし時代も苦しいころだったが、そういう時代にも関わらずそういう作品が作られたというのがすごいところだ、ということだった。

今日の「ロシア文学紹介」のときのソローキン氏は、最初バーのカウンターで酒を飲み、その後でテーブルのほうに座って話をはじめた。カウンターのシーンでは女性のバーテンダーが見えたし、カウンターの後ろにあるお酒を映し出すシーンなんかもあった。その後ソローキン氏が話をはじめてからも、背景の壁の刳り貫き模様の隙間から、背後で人が盛んに動いている様子が見えた。
今日は舞台照明も明るく、いつもとは違った雰囲気だった。


スキットは、レストランでの1シーン。
メニューを見せてもらって、注文して、勘定を払う、というものだった。何のイベントも起こらなかった。
レストランはたいした造りではなかったが、窓からの採光が良く、キレイで、青を基調として全体に統一された感じの清潔感があった。
スキットに出て来た役者は、「おいしいわね(オーチン・フクースナ)」って言うときに思いっきりまずそうな無表情をしていたりと相変わらずだったが、ロシア語のスキットにしてはよく出来ていた。
音楽もリズムの細かいパンチの効いたものがかかっていて、光が射し込んでくる明るいレストランの雰囲気と相俟って、なんだか今日のスキットは、ペレストロイカ後のある日常、という気分の印象であった。


今日のシオダ君で指摘しておくべき見どころをあげれば。

「デニースのおまかせスキット」でお皿のアイスクリームを彼は机にこぼしてしまうのだが(これはやむを得ない)。
・それを手で拾って「おいしい」と言いながら食べたこと(これもまあ、ある意味やむを得ないか)
・そのあと手を拭かないままでデニースともみ合いになったときに、ついに最後の最後でデニースのシャツの腕の部分をアイスのついた手で掴みそうになっていたこと(テレビでは掴んだように見えたのだが、何とも言えない)

番組も終わり近くなったところで、「聞いてみよう」のコーナーでのロシア人ソプラノ歌手のインタビューのあと、彼女が日本に毎年来ているという話を受けて。
彼は、
「僕もロシア語覚えて今度彼女が日本に来たときには絶対見に行こうと思うので・・・」

「このロシア語会話のメンバー全員で、絶対に一緒に行きましょう!」

と元気に叫んだ。

(人の興味嗜好にまるで配慮しない短絡的な発言をするヤツだ)

と僕が思ったぐらいは毎度のことだが。

他の3人は出し抜けにそんなことを言われて困惑した様子だった。
テレビの手前、「いや、僕は興味ないからいい。」ともなかなか言いきれないだろう。

彼は、このあいだも「アクチホールとしては、本はどんどん読みたいです!」と元気に言っていたな。
いるよね。すぐこういうこと言う人。
結局、絶対にやらないんだよね。

01/07/08


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