韓国酒場の謎をさぐれ
朝起きたのは3:30頃だった。
僕はトイレに行ってそれから部屋に戻ってきて、昨日寝る前に聴いていた「田園」をもう2回聴いた。1回目を聴き終わったときはそうでもなかったが2回目を聴いているときに眠くなってしまい、気がついたら5:30をもうすぎていた。イヤホンは左耳だけはずれていた。
僕は、日記帳にしているノートを持って部屋の外に出た。前に使っていたノートは昨日までにほとんど使い切ってしまった。今日からは新しいノートだった。今日が6月最初の日記だったからだ。
昨日何があった、なんていうことはほとんど書かなかったつもりだが、それでも他にいろんなことを書いているうちに、すぐに6:30になってしまった。
僕は部屋に戻り、ハングル会話を見るスタンバイをはじめた。新しいノートの後ろのページを開き、イヤホンを差し、携帯の時計を見ようとした。
すると、携帯のランプが点滅していた。誰かが、僕に電話をかけてきているようだった。こんな時間に? 着信の相手は、ケニア絡みの僕の友人だった。同じ絡みの他の友人からも、昨日まで2日連続で着信が入っている。何の用件かは分からなかったが、最近の僕はあまり電話に出たくない気分だ。かけなおそう、という気も起きなかった。そのかわり、僕は姉に、彼女の電話番号を伝えて、姉から彼に連絡してもらおう、と思った。入院までの経緯について同じ話をくりかえす、ということに正直飽きつつあったということでもあったし、治療の経過がどうのこうの、という話を今僕がむやみにしたくない、というのも理由だった。
入院患者は、社会的である必要はない。気分次第でいつでもブラックボックスの中に入ってしまうのが正しい態度だ。
電話はしばらくして、ランプを点滅させるのをやめた。試みに調べてみると、彼女は昨日の晩僕が寝てしまってから、これで計3回僕に電話しているようだった。もうひとりの彼とあわせて、5回か。さすがにちょっと多い。
なにか考えよう、と僕は思った。
時計が6:38になるのを待って、僕はテレビをつけた。テレビでは手足の運動をやっていた。ラジオ体操と同じヤツだ。
「ひょっとしたら、 僕がいちばんよく見ているのは、『テレビ体操』かもしれない。。。」
そんなことも、僕はいつも考える。僕の中での「テレビ体操」の終わりの何シーンかの視聴率は異常に高い。週5回だ。
テレビ体操は終わった。
「導入は退屈だろう。」
僕は期待せずに「ハングル会話」がはじまるのを待った。
「アリラン、アリラン〜♪ホニャ、ホニャ、ホニャ、ホニャ〜♪」
いつもどおりの、期待できないオープニングだった。やがてイボンウョンが出た。先週よりは退屈でない、と言えないこともない踊りをしながら登場した。さっきまでやっていた「テレビ体操」のことを、僕はちょっと思い出した。
「はんぐるのモジ、ぜんぶ、デテキタジョ〜! ハヤク、オボエナキャ、ダメ、ダメ!」
テレビに向かってあんたは困ったヤツだ、という顔をして、ダメダメ、と言う仕種で手を振りながらイボンウォンが言う。
やる気のある初学者に対して、「ダメだ。」は禁物だ。日本人にもそれが分からないヤツは多いが、コイツにも分からないようだ。まったくしょうがないヤツだな。本当に、相手がダメなヤツかどうか、確認したのか?
もっとも、僕が「ハングル会話」を見ているのは、ハングルを覚えたいからではない。番組がそれなりにおもしろいからだ。ハングルには、興味がない。
こないだ僕の友人から、
「こねさん、いつのまにロシア語も守備範囲になったのですか?」
と聞かれたのだが。
もちろん言うまでもなく、ロシア語も守備範囲ではない。はっきり言って、興味がない。僕が興味があるのは、「NHKロシア語会話」という番組である。ソローキン氏、オクサーナ、腰の悪そうなデニース、スキだらけのシオダ君だったり、いつのころからそうしているのか分からないような博物館的な番組編成だったりする。 それらが僕にとっておもしろくてたまらないから、僕は毎週欠かさず見ているのである。
阿部美穂子、リュ・ヒジュンが登場した。まず目にとまったのは、阿部美穂子の明るい赤を基調とした白の花柄のワンピースと、襟元の白いリボン、だったのかな?だった。とてもカワイかった。リュ・ヒジュンもちゃきっとしたV首の薄手のセーターなんか着て、きちっとオシャレだ。彼は体格もいい。
「ハングルの文字、全部でてきましたね。書いて、読んで、練習していますー!」
阿部美穂子が言う。いかにも勉強してそうだ。いいぞ。
三井智映子も(中略)がんばれ。
リュ・ヒジュンは表を持ってきて、
「こんなぐあいに、合成ナントカ(だったかな?知らない)は表を作って、えー、覚えましょう。」
なんてことを言っていた。
教授登場。さっそくスキットになった。
教授がいたところに阿部美穂子、リュ・ヒジュンが揃った。
背景はよかったぞ。あれ?でも前と変わってないかな?あんまり記憶にない。
今日のスキットで、注目しよう、と思っていたことがあった。
例のNHKマニアの友人から、
「スキットは、ミサ役のイチュウォンがどうにも日本人に全然見えないので、無理して日本人役やらせる必要はないのではないかと思ってます。ボディランゲッジが全然、違いますから。」
というメールをもらっていたのだ。
僕も前から日本人には見えないとは思っていたが、ボディランゲッジにまではそれほど着目していなかった。もともと僕の中で日本人扱いしていなかったので、というのもあるだろうが。
そこで、今回は
「具体的にどのような点でミサのボディランゲッジは日本人と全然違うのか。」
というところに着目してスキットに注目しよう、と、僕は思っていたのだ。
しかし、何も掴めなかった。
ミサ(という名前である、ということ自体、実は彼からのメールにより知ったぐらいだったのだが)は、今日は特別な仕種をするでもなかった。
あえて言うなら、地図を広げて人に見せるときに、ちょっと突き出し方がどうかと思わないこともなかったが。
ともかく、彼女の動作するシーンが今回はほとんどなかった。
次回に持ち越しだ。
"LIVE ON KOREA"のコーナーは、前前回に紹介された、今日本でも公開している南北国境線の映画の話で、今回はこの作品に出演している俳優、ソン・ガンホのインタビューだった。この作品ではソン・ガンホは北朝鮮兵士の役をやっているそうだ。彼が出演する映画は軒並み客が入る、という人気俳優らしい。この作品のタイトルは「JSA」というそうだ。今日ついに知ることができた(と言っても、入院中の身空の僕に、今見に行くことはできないのだが)。今回の作品は、韓国のアカデミー賞にあたる賞を取ったということだった。
「僕は北の兵士役としてこの映画に出ている。南北分断がテーマのようだが、素材がそれだというだけであって、本質はアクション娯楽映画だ。」
と、彼は言う。聞き役は"LIVE ON KOREA"のキム・サンミだ。
「現実にふさわしい北の言葉を覚えるのに時間がかかったね。イントネーションとか、南で使わないような言葉づかいとか。」
そう言って、彼は帰順兵に北の言葉の指導を受けたこと、板門店にまで行って来たことを話した。
インタビューの印象と、映画の1シーンでの彼の映像とのイメージの違いはおもしろかった。
インタビューの映像が終わって、スタジオに映像が戻った。キム・サンミが「写真を一緒に撮ってもらいました。」と喜んでいた。キム・サンミもうれしかったろうが、ソン・ガンホにとっても悪い気はしなかったろうな、と僕は思った。
「彼の次の作品がどうなるのか、楽しみです。」
このコーナーは、そういう言葉で閉められた。
神野美香の「歌う韓国酒場」のコーナーになった。
(やれやれ。このコーナーの名前、ついに今日覚えちゃったよ (-_-; )
このコーナーがはじまるとき、どうすればいいのか僕はもう知っていた。
僕はイヤホンを耳からはずした。
このコーナーについても、僕にはひとつの疑問があった。
やはりNHKマニアの彼からのメールだ。
「私は神野美伽のコーナーは割と好きです。『アシナヨ』はいい歌で、教えてもらってよかったと思ってます。ただ、ここでのイボンウォンの歌は駄目です。聞き取りにくく、いいかげんな不明瞭な気持ちの入ってないもので、ギターも誤魔化しで弾いてるので弾かない方がいいかも。ま、酒場にはこういう人はよく居るので、その意味ではいいのかも知れません。異文化理解に寛容の精神は必須ですから。」
どうして彼がこのコーナーをそれほど評価しているのか、分からなかったのだ。
僕から見ればこのコーナーは、「女の子のショートのソバージュのような髪型をした白髪の教授がまったく自分が堪能するだけの目的で人の歌うのに合わせて背中を向けてコップ片手にうつむき加減で指揮を振り、イボンウォンが満悦そうな笑みを浮かべてギターを弾き(しかも聴いたことがないので知らないが、NHKマニアの彼によればそのギターも誤魔化しらしい)、しっかり化粧をしたどこかの狭い店のママが請われるままに気持ちよさそうに歌う」というシーンを何分間もの間連続して引き続き見させられる、およそ退屈な時間だった。
それを、彼は、「割と好きです。」と言いきってしまうのである。
「あの夜の誓いを思い出し〜〜〜〜〜、過ぎた日をあなたは後悔するでしょう〜〜〜〜〜」
なんて、神野美伽がハングルで歌っている(らしかった。字幕によれば)。
どうしてなんだろうと不思議に思いながらもとにかく画面を注視し続け、最後のほうまで来たとき、やっとわかった。
それはきっと、僕は朝、彼は夜にこの番組を見ているからなのだ。
この番組を見るまでのタイムスケジュールというのは、だいたい僕の場合、
・夜が明ける前に目が覚めて
・クラシックを聴いて
・夜が明けたら日記を書く
という流れだ。
一方、彼の場合、
・23時まで仕事をして
・家に帰って
・ホッとすると、NHK語学がはじまる
という具合なのだ。
つまり、朝と夜の違いである。メモ帳まで用意してきて、朝イチに最高のモチベーションで番組に集中せんとしている僕とは違う。彼は外出して、仕事をして、すっかり疲れて帰ってきて、それから、楽しみにしているNHK語学講座を見て、寝るのである。こんな時間もあってもいいと思うかもしれない。
このコーナーが終わると、番組はあっという間に終わる。
リュ・ヒジュンがNHK語学講座のHPのURLを視聴者に示した。ヒロインがいる語学講座にしては、男性がそのメッセージを伝えるのはめずらしいな、と僕は思った。
番組は終わった。
僕はひとつ、思い出したことがあった。
(「ハングル会話」といえば、先週作った「びよらじょーく4連作」の「めいきんぐ・おぶ」を、まだ書いていないな)
ちょっと気が乗らなかったりなんなりしていたのだが、これ以上かかないと、いい加減作ったときに考えていたことなんか、忘れてしまいそうだ。
「今日あたり、いいかげん納期だな。」
そう思いかけて、僕は自分で笑った。
01/06/02
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