比較の対象

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テレビをつけたのは、6:45ごろだったかな?いや、もっと後だったかもしれない。
とにかく、適当な気分でテレビをつけた。今日は「ハングル講座」の日だ。
前回書いたとおり、もはやこの番組には、"LIVE ON KOREA"以外はほとんど興味がなかった。"LIVE ON KOREA"のコーナーを見逃さないために早めにテレビをつけて対処した、という気分だった。ただ、あまり早いとなんとも気が滅入ってしまうかもしれないとも思ったので、意図的にタイミングを遅らせておいてから、時計を見て、タイミングだなと思ったところでてテレビをつけたというところだった。
ちょうど、起床時間から友達へのメールを何通か連続で書き上げたところでもあった。

テレビをつけると、韓国風の室内セットの中にリュ・ヒジュン、阿部美穂子、教授がいた。いつもどおりの「ハングル会話」だった。まあいちおう、とりあえずイヤホンをつけて彼らの会話は流して聞くことにした。そうしつつ、僕はさらに友達へのメールの続きを書いた。

番組は阿部美穂子へのひととおりのレクチャーが終わったと思しき段階に入った。そこで、リュ・ヒジュンが言った。

「じゃあ阿部さん、今日は、イさんがお休みなので、僕と練習しましょうね。」

(ナニ?)

そんな話は聞いていない。今日はイ・ヴォンウォンが休みなのか?
レギュラーなのに、そんなことがあるのか。

知らなかった、と、僕は思った。
そんなことなら、朝イチから「ハングル会話」を見ておくのだった。先週も書いたが、阿部美穂子とリュ・ヒジュンだけを抽出して見れるのなら、話は別だ。
僕は、ここからにわかにテレビに集中した。そうしてよく見てみると、リュ・ヒジュンも阿部美穂子もおシャレな格好をしていた。

リュ・ヒジュンと阿部美穂子の組み合わせによる会話練習は慣れない趣向のうちに終わった。なんともコメントしようがない。
ま、今回は何らかの事情があっての特別処置なのだろう。
それにしても、レギュラーたるイ・ヴォンウォンがいない、とはどういうことなのだろう?

スキットドラマの再映がはじまり、僕の注意はまたメール作成のほうに向かった。

そのうちに、"LIVE ON KOREA"のコーナーがはじまった。
キム・サンミは今日はやたら元気だった。例えて言えば、ここのところ適度の運動ができている状態で、しかも前日は適度な時間からよく寝た、というところだった。
ラジオハングル講座に出演している、日韓の役者が入り乱れる日本映画に出ているという女優さんがゲストだったが、キム・サンミのほうがよかった。


「歌う韓国酒場」のコーナーになった。通常なら僕はこのコーナーは見ない。
イヤホンをはずし、さて、チャンネルを変えるか、と思ったところで、

(ウン?デモイヤマテ?)

と、僕は思った。さっきの会話練習では、イヴォンウォンは阿部ちゃんと共存しなかった。何らかの事情でイヴォンウォンがいないのだとしたら、この「韓国酒場」はどうなるのだ?今日は教授とママだけの2人でやるのか?

そう思うと気になったので、僕はとりあえずイヤホンをつけなおして、もうちょっとしばらくチャンネルをNHK教育テレビのままにして様子を見ることにした。小さなリフレイン用の小枠の中に教授、イヴォンウォン、ママたちのこのコーナーでの在りし日のシーンと思われる映像が次々にスローで登場するオープニングの間、僕はそれなりな気分でテレビを見つめた。

「韓国酒場」がはじまって最初に登場してきたのは、イヴォンウォンだった。ママもすぐ目に留まった。教授も遅れて扉を開けて入って来た。

(なんだ。いつもどおりじゃないか)

ならばまるで興味がない。僕はイヤホンを外した。

番組の中では「ソウル賛歌」という曲がかかっているらしかった。ママが、「人生はワンツーパンチ!」とでも言わんかのごとく、狭いステージで足踏みをしながら大きな口を開けている。イヴォンウォンも教授も嬉しそうだ。

(いつもながら、不思議な空間だ)

と思いつつ、今度は僕は受信したメールを読みはじめた。「韓国酒場」がこの先もあまりにいつもどおりだったら適当にチャンネルを変えよう、と思いつつ。

すると、となりのベッドから、ちょっと切ない歌を歌う声が聞こえて来た。

(ああ、やれやれ。彼が歌い出した)

と、僕は思った。整形外科の患者であるKさんは、なんだか知らないが、ときどきその歌を歌う。彼の歌は上手ではない。
そういうとき僕は、たいてい自分のCDを聴くことで対処する。
それにしても彼がこんな朝から歌うのははじめて聴いた、と思いながら、僕は手もとのイヤホンを耳に入れた。

すると、イヤホンからは「韓国酒場」の音楽が流れて来た。「人生はワンツー・パンチ」だ。
まいった、と僕は思った。どうやらそのイヤホンはCDプレーヤーのものではなく、テレビのものだったらしい。こっちも隣の患者さんの歌と同様に魅力的でない。僕はとりあえずすぐにそのイヤホンを外した。
でもそうすると、またKさんのちょっと切ない歌の続きが聞こえてきた。

(イヤホン、イヤホン)

CDプレーヤーのイヤホンだ、どこだ?これだ。昨日の晩は最後に「田園」を聴いたはずだ。
これを耳に入れ、CDプレーヤーの再生ボタンを押せばそれでいい。必要ならボリュームをあげよう。
僕はイヤホンを耳に入れ、すぐに再生ボタンを押した。

「田園」の第一楽章は、なかなかはじまらなかった。

(寝る前に聴いたばかりだから、朝聴くにはボリュームが小さすぎるのかな?)

そう思って、CDプレーヤーのボリュームボタンを触ってみたのだが、どうにも期待される反応が返ってこない。そうしている間にも、Kさんは歌い続けている。
ハテ?と思って本体の再生ボタンをもう一度押してみたところで、やっと僕は事情を飲み込めた。

NO DISC.

プレーヤーの液晶画面にはそう表示された。CDが入っていなかったのだ。
そういえば、昨日の夜は、「田園」のあとヴィヴァルディの「四季」を聴こうとして、結局途中で止めてCDをしまってから電話をかけにいったのだった。

僕は、あわてて手元のラックの比較的お気に入りのCDが山になっているところを探した。そうして見慣れた絵柄のモーツァルトの「40番」のケースを発見すると、ケースを開いてCDプレーヤーに入れた。
でも、そうしたところで、Kさんの歌は終わってしまった。

(無駄骨だった)

僕は、そう思った。
テレビでは、相変わらず「韓国酒場」が続いていた。
イヴォンウォンは、阿部ちゃんとのスキットには登場しなかったのに、どうして「韓国酒場」にはこうしていつもどおりギターを片手に登場しているのだろう?
僕はもういちど気にはなったが、それは、結局どうでもいいことと言えば、どうでもいいことであった。

さて。
もうしばらく「韓国酒場」を見ていて、僕はやっと名案を思いついた。

(そうだった。さっきは、テレビのチャンネルを変えればよかったのだ)

「Kさんが歌ったらCD」
という固定観念にとらわれすぎていた。「韓国酒場」にはもうすでにその時点でそれほどの興味はなかったのだ。「おはよう日本!」にでもすれば済むことだった。

僕は、いまさらながらにいろいろチャンネルを変えてみた。NHK総合では山形大学医学部の件で学校関係者が何かコメントしていた。MXテレビではまだ放送が始まっていない様子で、どこかの夜景の映像の前に字幕でニュースが流れていた。

"中田選手の所属するイタリアセリエAのローマが18年ぶりの優勝を"

と流れて来たので、
「おお、ついに決めたのか!」
と思ったら、

"今度の試合で決められるかもしれない。"

というニュースだった。そんなニュースはニューではない。
まだ土曜日の朝だったな。最近曜日の感覚が鈍くて困る。

チャンネルはほどなくして「ハングル会話」に戻って来た。帰巣本能というやつかもしれない。リモコンのどこに3チャンネルがあるのか、もう指が覚えてしまっている。
「ハングル会話」ではまだ「韓国酒場」をやっていた。まったくしつこいな。

そう思っていたら、なんと、Kさんがまた歌い出した。朝から2度もとは。たいへん珍しいケースだ。彼に何かあったのだろうか。
僕はCDプレーヤーをすぐに立ちあげた。今度は無事に、順調に音楽が鳴りはじめた。

「韓国酒場」は相変わらず盛り上がっている。
僕の耳にはモーツァルトの40番が鳴り響いている。
教授、イヴォンウォン、ママ、彼らの所作を観察しながら、僕は思った。

(モーツァルトと比較しようとするほうが、たいていの場合間違っているんだろうな)

「韓国酒場」が終わり、番組はバタバタと収束の方向にむかっていった。リュ・ヒジュンと阿部美穂子が2人で番組を終了させた。
その間も、僕はずっとCDを聴いていた。
あるいはテレビのイヤホンに耳をつけかえて、今しか聞けない彼らの会話を聞くべきかもしれない、とも思ったが、もうそのためにモーツァルトを途中で止めるような気分ではなかった。

(オープニングに阿部美穂子とリュ・ヒジュンしかいないと知っていたら、あるいは、今朝の僕の行動に何か変化があったであろうか?)

そんなことを、僕は考えてみた。

01/06/16


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