楳図かずお
フランス語会話は、時間どおりにはじまった。
今日注目しよう、と思っていたことは、
・パトリスの動作
・井川遙は先週のように盛んにアップになるのか
・「地上に戻って来たました」といういつもの教授の発言の、番組内での位置づけを確かめる
であった。
この番組は、最初、リズム感よいフランス語の歌がかかり、レギュラー陣がフランスっぽいお洒落な背景の前でデフォルメされた動きをするアニメではじまる。
ここでも大木教授はカッコいい。
遙ちゃんもカワイイのだが、いつもひとつだけ気になることがある。
大木教授が指をさすかなんかして、彼女がそっちのほうを見るシーンがあるのだが、その絵での遙ちゃんのお尻が、どうも本物から感じる印象より大きく見えるのだ。
・・・小さな問題、と言えばそうなのだが。
アニメは終わって、パトリス、遙ちゃんが登場した。
パトリスは文字の入ったボディーラインの見える黒のシャツを着て、白のベレー帽をかぶり、あいかわらずフランス的オシャレだ。
遙ちゃんは、顔もなんとなくむくんでみえたし、化粧のノリも悪そうだった。笑顔にもいつものひきこまれるようなものが感じられない。なんだか今日はお疲れっぽく見えた。人気らしいし、忙しいのかな?
遙ちゃんがなにかフランス語でまとまったことを言って、動作をつけてパトリスがメチャクチャ誉めた。
今日は文化コーナーはない、旨の発言がなされた。
そのかわりに、つづり字の読み方を覚えましょう、ということであった。
ピン、ときた。
昨日も、そうだった。というか、昨日のスペイン語会話の予習をしていたときから知っている。
おそらく、第5週は、ちょっと変わった企画をやる週なのだ。
昨日のスペイン語のアルベルトが歌うというはずだった、という企画もそうだったに違いない。
僕は、ひょっとしたら、おとといのドイツ語講座も見る価値があったのではないか、とちょっと思った。
第5週なら、何かいつもと違うことが期待できたかもしれない。
ベアトリスが登場して、いつもどおりちょっとしたやりとりがなされて、3人は画面左に歩き出した。
ここで、気がついた。このシーンの背景は、空港だった。
セットが変わり、新たに教授が登場した。
「今日もフランス語の旅にでましょう。」
みたいなことを、大木教授が言った。中央のモニターに、どこか南欧の街を上から撮影した映像が映っていた。
やっと、確信できた。やはり、この番組では毎週空の旅に出ているのだ。
ベアトリスがスチュワーデスなのも、そういうことなのだな。
疑問はひとつ解決したが、番組はまだまだこれからだ。
それよりなにより、今日はこの大木先生のスーツ姿の上半身が、ムチャクチャシックにカッコよかった。いかにもキチッとしたインテリ、という感じだ。あまりのカッコよさに「ウッ!」と来た。
今日の新スタンダード40は、
「Cu'este ce que c'est? (ケスクセ?これは何ですか?)」
だった。(つづりがちがったらゴメンナサイ)
「オー、これはベンリなヒョウゲンですねー。」
と、パトリスが大袈裟なフリツケで言う。遙ちゃんが、パトリスに合わせて発音練習をする。
いつもの風景だった。
スキットドラマでは、日本から来た女の子役が(まだ名前覚えてないです)、どいういうシチュエーションだったか忘れてしまったが、連れられて行った先で美少年を見かけて、
「あの男の子が気になるわ。」
なんて言って、彼女の胸の位置にピンクの小さいハートが浮かび上がる、という出来事があった。
最初、彼女が指をさして
「私はむしろ彼が気になるわ。」
みたいな発言をしたとき、映像の先には馬が走っていた。
「あれ、馬じゃん。」
と思ってみていたら、その走っている馬は視界から消えて、さらにそのむこうのその美少年が自然に注目された。彼のまわりに青いひし形のようなものがちりばめられた。
あの馬の動きが番組作成者の狙いだったのか、ただの動物の偶然だったのかはよく分からなかった。
スキットが終わると、遙ちゃんが
「私も、あの美少年が気になりました。」
なんて発言をした。気になるのか?!
C'este le musee du Cheval.(それは馬の博物館です)
C'est un stylo.(それはえんぴつです)
C'est une table.(それはテーブルです)
C'est des stylos (tables).
みたいな表現が紹介されて、遙ちゃんが"s"の扱いについて質問なんかしたりした。
パトリスと教授がその質問をメチャメチャ誉めた。
すばらしい、と思った。がんばって勉強している人に対しては、こうでなくてはいけない。
好調だ。3人とも、いいぞ。
と、思っていたのだが・・・
空港に戻り、遙ちゃんがドミニクと会話するシーンになった。
ミュージシャンのドミニクは、あいかわらずフランス的内気だ。
「今日は君の誕生日だね。僕はこのCDをプレゼントしよう。君に愛の歌を作ったんだ。」
なんて、そのへんのモンゴロイド男性には永遠に言えないようなことを、フランス的内気に満たされた表情で遙ちゃんに言う。フランス的だ。
そこへ突然、太い赤白横縞シャツ、黄色い半ズボン、靴下もロクに履いているんだか分からないようなガリガリオヤジが現れた。
彼は、がちゃがちゃとにわかになにかを騒ぎ出し、その場面の雰囲気をメチャメチャにした挙げ句に、「まことちゃん」が右手だか左手だかを突き出して作る、あのヘンなゲンコツもどきをカメラに突き出し、走るように逃げていった。
楳図かずおだった。今日のゲストらしい。
イヤな予感がした。
彼は「フランス語会話」の小さなアクアリウムの、毒のある侵入者である、という予感だ。
明らかに毒があるゲストだった。それはあの場違いな格好、あの動きからして間違いない。
おそらく、彼はこのアクアリウムがどういうバランスで成り立っているのか最近番組を見たことがなくて知らないか、見たのだがまるで分かっていないか、だろう。
そうでなくても、彼は個性の強いキャラクターだ。ゲストだという免罪符のもとにその個性を思うままに振りまかれてしまっては、番組が台無しになってしまう危険性すらある。
今の絶妙のバランスの中に、新たに彼を加えてどう番組として仕立て上げるのか。
楳図かずおが去ったあと唖然とする遙ちゃんとドミニクだったが、僕は僕でとても心配になった。
そこへ、ベアトリスが現れた。どうしたの?なんて様子だったのだが。
遙ちゃんが、そこで涼しい顔をして、ベアトリスにすごいことを言った。
「ベアトリス、彼に似顔絵書いてもらったら?だって彼、怪奇マンガ家なのよ。」
ベアトリスは目を丸くしてびっくりして、
「さいきん、遙ちゃん私に厳しいわ。」
なんて言った。遙ちゃんは
「だって、ベアトリス、かわいいんだもん♪」
と、ニコニコして、謎のフォローをしていた。
最近、遙ちゃん、ベアトリスに厳しかったっけ?
特別、そんな印象はなかった。仲のいい友達の悪ふざけの範囲、みたいのはあった気もしたが、と思った。
しかし、それにしても、遙ちゃんの最初の発言はあまりにもひどい、と僕は思った。
ベアトリスもアニメキャラとは言え、女の子なのだ。自分だって、タレントやってるのに、そんなこと言われたらイヤだろう。
まして、今日、ベアトリスはちょっとオシャレにしよう、と思って髪型を変えて来たところなのだ。
それを、
「怪奇漫画家に似顔絵を描いてもらうのがお似合いよ。」
なんて、およそ悪ふざけの範囲を脱している。ちょっと言いすぎだ、と思った。
まあ遙ちゃんも言った瞬間、さすがに言い過ぎた、と思ったからフォローを入れたのだと思うのだが。
僕が気になったのは、誰が彼女にそんな発言をさせたのか、ということだった。
候補は、
・放送作家
・「今日は顔がむくみ気味で、化粧のノリが悪い」と自分でも思っていた遙ちゃんのアドリブ
である。
放送作家なら、仕方がない。朝の語学番組のウリのタレントにそんな発言をさせる放送作家が悪い。
遙ちゃんでも、今回は仕方ないか、と思う。彼女はタレントなのだ。言ってみれば、見映がいいのが仕事だ。それなのに、自分はむくんでいて、化粧のノリも悪くて、と、撮影前に鏡を見て、今日の自分はいい仕事ができない、とイライラしていたのかもしれない。そのイライラがあって、ついついかわいいベアトリスに毒を吐いてしまったのだ。
・・・と、とりあえず思って片づけることにした。
(これからもそういう発言をくりかえすようなら、僕もちょっと考えるが)
あるいは、もうすでに楳図かずおの毒にあたりはじめていたのかもしれない。
僕の心配は当たった。
このあたりから、番組の雰囲気は明らかに狂っていった。
このあとは、ずっと楳図かずおの番組だった。
楳図かずおは、ひさしぶりのテレビ出演なのかしらないが、とにかく自分の個性をこの空間すべてにあますことなく発揮せん、とでも言わんばかりであった。これまでの雰囲気がどう、とか、番組の収束にむかってどう、とかそんなことはおかまいなしに、7:10までの残りの時間を、彼はひたすら彼のリズムですごした。
文化コーナーのかわりのつづり字の読み方を覚える、というコーナーがはじまった。
彼は個性の強いゲストとしての特性を遺憾無く発揮し、アルファベをひとつひとつパトリスについて発音していくときも、さかんにヘンな顔や仕種をしてみせた。
「T(テ)」を発音するとき「手」と言って手を挙げてみたり、
「W(ダブリュベ)」を発音するとき「ヤジロベー」とか言ってみたり、そんな具合だ。
しまいには、パトリスに「いいかげんにしろ。まじめにやれ。」みたいなことも言われていたが、まるでおかまいなしだった。
遙ちゃんも一緒に発音練習をしていたのだが、パトリス、楳図かずお、遙ちゃんが「ブー」、「ブー」、「ブー」、とか「ウー!」、「ウー!」、「ウー!」とか言っている様は、まるでどこかの動物園のようであった。
およそフランス的でない。
しかも、次のコーナーは、楳図かずおがドミニクと一緒に歌う、というものだった。
これが最悪にひどかった。
僕が中学校のころに流行ったファミコンソフト「悪魔城ドラキュラ」のどこかの1シーンのような背景に、銀のこうもりの羽のような格好をした楳図かずおが正面に出てきて歌い出したのである。
言うまでもなく、およそフランス的ではない。
こういうときどうすればいいのか、僕はもう知っていた。
僕は、歌の前奏の間に、テレビのボリュームの数字を「3」にした。
画面だけ見ていたが、そのフリツケもまた、およそブーメランか聖水でも投げつけてやりたくなるような動きだった。
歌の途中で、楳図かずおから離れた場所に立っていたドミニクが単体で登場してくることがあった。そこで僕は試みにボリュームを「4」にしてみたが、やっぱり楳図かずおの声が聞こえて来たので、すぐにもういちど「3」に戻した。
幸い、歌はそれほど長い時間ではなかった。
最後は楳図かずおと遙ちゃんに、いろいろと短いセンテンスを読ませる、という時間だった。大木教授の机に山積みされている、フランス語のセンテンスの書かれたプレートを教授とパトリスが次々に取り出していって、それを楳図かずおと遙ちゃんが音読する、というやり方だ。
むしろ、この時間帯は、楳図かずお以外のキャラにいろいろ目がいった。
まず、大木教授である。
彼のキャラが、相対的に小さくなった。画面の左端の、山積みされたプレートの乗った机を前にしたふつうのインテリ男性、という感じになってしまったのである。せっかくカッコいいスーツだったのに。
「はい。とても、よく、できました。」
なんて言いながらプレートを交換する彼の目線が下に降りたとき、「なんだか、やりにくいな。」という気分が察せられた。
次に、パトリス。こいつはすごかった。
彼は、最初のアルファベの発音の途中ぐらいですぐそうしはじめたのだが、ただのきかん坊にしかすぎない楳図かずおの特性をすぐに見抜いて、それを「そういう素材」として扱ったのである。
こいつは、さすが、芸術家だ。と僕は思った。やはり、出会う素材をコーディネートしていく力が違う。
では例えばどういう場面で、どう扱い、どう成功したか、ということは、僕の文章で表現できる限界をやや越えている。
あえて僕の言葉で言えるのは、
「彼は、おそらく初めて出会ったであろう、このおよそ『毒』でしかない『楳図かずお』という素材を、『フランス語会話』の今日の番組、あるいは今後通年の番組編成全体の一部として捉えた中で、今いかに扱うのが効果的かということをその場で感覚的に掴み、できるだけのことをして、それなりの成果を挙げた。」
というところまでだ。パトリスは、すごかった。文句なしに、今日のMVPだ。
ほとんど攻撃チャンスのないアウェイの試合で、自分がドリブル突破すること以外まるで頭にないキ○ガイフォワードに絶妙のパスを送り、負け試合をなんとか引き分けに持ち込んだ攻撃的ミッドフィールダーのような活躍だった。
かわいそうなのは、遙ちゃんだった。
私はまだ今年4月からだけど、たのしくニコニコ、がんばってフランス語会話を勉強しています。カワイイ女の子です。みんなも、私みたいにこれからいっしょにがんばりましょう♪
という好感の持てるキャラだったのに、楳図かずおが傍若無人の行動をくりかえすものだから、なんだか彼が出てきてからは、画面右スミに追いやられて、
「ロクに何も知らない初心者」
になりさがってしまい、すごく居心地悪そうにしていた。楳図かずおが一方的に喋るものだから、遙ちゃんに大事なことを言わせる機会もない。
楳図かずおのヘンなギャグを見て
「おもしろーい。」
なんて言うだけだなんて、およそ、某民放の深夜番組「ワンダフル」とかの、後ろで無駄に水着を着て記念写真的配列に参加している売れないタレントと等しい扱いだ。
にわかに登場したゲストに、ここまでされてしまうNHK番組のレギュラーヒロインなんて、僕は見たことがない。
いろいろ言ったが、第5週、ということで、今回は仕方がない、と思う。
あまりにも勝手が違ったせいか、今日の番組では最後に「地上に降り」ることもなかった。
最後の音読でたぶん大木教授が役に立つことをいろいろ言っていたと思うのだが、楳図かずおの毒にかき消されて、まるで頭に入らなかった。
・パトリスは、苦しい時間帯をよくがんばった。
・今日の番組は、いろんな意味で井川遙のアップどころではなかった。
・今回は地上に降りなかったが、やはりこの番組では旅行をしている。
というのが、冒頭の目標に対する今日の回答である。
01/05/31
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