いきてこそ

ばよりん弾きフランク・ケッペンベルグ(仮名)の家は代々の音楽一家だったが、最近亡くなった祖父はびよりすとであった。

フランクが交通事故にあったのは、22歳の秋、その所属する楽団の練習の帰り道であった。交差点で彼は大きなトラックにはねられ、全身打撲で病院にかつぎ込まれたときには彼の意識は既になく、出血もひどく呼吸も少なくなっていて、とても助かる見込みはなさそうであった。
しかし、彼は奇跡的に回復した。

病院を退院した後日、彼は友人に事故の直後に見た奇妙な夢の話をした。
「僕はトラックにはねられたとき、そのまま意識を失ったんだ。そして、気がつくと病院にいた。だけど、僕はベッドに横たわっている僕自身を真上から見下ろしているんだ。下で寝ている僕は全身がアザだらけで、真っ青な顔をしてひどく内出血していた。集中治療室で医者が心臓マッサージをしているのが見えた。看護婦が血圧計を見ていたのだが、その数字がどんどん下がっていくのもわかった。集中治療室の外で僕の両親と妹が泣いているのもわかったし、それに恋人のアンジェラ(仮名)がひどいショックをうけているのも、はっきりわかった。
僕がいうのもなんだけど、僕はとても助かる見込みはなさそうだった。
『ああ、僕はこのまま死ぬんだな』
と思ったんだ。

すると、天井のほうから光が射してきた。それはとてもきれいで、強くて、暖かくて、やさしい光だった。その光を感じたとき、僕は無意識にその光に向かって進み出していたんだ。天井にぶつかった感覚はなかったけど、僕は真っ直ぐに天からの光に向かって進んでいった。その光に近づいていって光がどんどん大きくなっていって、その光に包まれたように感じたとき、気がつくと、僕はお花畑にいたんだ。これまでに聞いたこともない静かで美しい音楽が流れていた。とてもきれいなお花畑で、川が流れていて、その向こうには大きな神殿みたいなものが見えた。川の向こう側はそこはとても居心地のよさそうなところだった。
『ああ、あの川を渡ると僕は神に召されるんだ。あの川を渡ったら、もう現世には帰れないんだな』
と、僕はなんとなく思ったんだ。

アンジェラやママンが後ろで僕のことを呼んでいるような気がしたけど、僕はもう帰りたくなくなっていた。そのとき僕は、とてもやすらかな気分になっていたからね。
『ここは死後の世界なんだ。僕はこれから、天国にいくんだ。それはなんてすてきなことなんだろう』
と、僕は思ったんだ。

しばらくすると、心地よい音楽が聞こえてきた。僕が何気なく川の向こう側を見ると、そこには亡くなったご先祖様がたくさんいて、みんなで僕のために歓迎の音楽会を開いてくれていたんだ。
僕は迷わず川を渡りだした。一刻もはやく、僕も川の向こうにいって彼らのように・・・
でも、そしたら・・・ああ!!川の向こうに死んだおじいさんがあらわれて、楽しそうにびよらを弾き始めたんだ!!
それを聞いた瞬間僕の目の前は真っ暗になり、全身が痛み出して、気がつくと集中治療室のベッドで寝ていたのさ。」


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