カイレ。梅雨明け。洗濯日和。

カイレ。梅雨明け。洗濯日和。


ロビーに来て、空を見上げてみた。天気はよさそうだったけど、西のほうに雲が見えたし、南のむこうのほうにも雲が見えた。
日記に「快晴」と書く気はしなかった。僕は「晴れ」と書きたい気分だった。

「カイレ。」

またしてもやってしまった。昨日に引き続き、漢字を書き間違えてしまった。
僕は、最初のリッシンベンだけ書いたところでそれに気がついて、「晴れ」と書き直した。
体重59.55kg。さいきんまた微減傾向だったが、ついにまた最低記録を更新してしまった。

時計を見た。5:00ちょっと前を指していた。ロビーの時計は進んでいる。僕は時刻を4:50と記入した。


一日のなかでいちばんおもしろい時間がこれからはじまろうとしていた。
朝の光にどんどん風景の色が変わって行く時間だ。
僕は、日記を書きながらちょこちょこと外の風景も見た。

街道の向こうの陸橋は最初は黄色く、それから白く色づいていったし、交差点の左側にあるレンガ色の縦長のマンションは僕の方から見えるのは主に影の部分なので、影の部分を次第に削っていく光の線がよく見えた。
交差点にあるガラス張りのテナントビルに陽光が当たって、その角度がついていくと、その道の正面にある白いビルの影の部分に、反射光のゆがんだ四角形の羅列模様を作りあげていった。


日記には書くことはほとんどなかった。
「昨日かおとといに梅雨明けしたらしい。今日はパジャマ洗濯の日だ。」
ようやっと1ページ半を埋めた日記の最後は、そういう閉めだった。

ラヴェルのばよりんソナタト長調を聴いてから、チャイコフスキー第6番ロ短調「悲愴」を聴いた。
チャイコフスキーは第1楽章はよく分からなかった。第2楽章以降は、あちこちから身の回りのいろんなものを引き合いに持ちだしてきて、それぞれを単体で、あるいは取り合わせを替えたりしながら、いろんな方法で全部誉め称えている、というような印象を持った。
富田隆と檀ふみには、これが失恋向けなのか。もっとも、檀ふみがそう思っているかどうかはあやしいが。
「悲愴」を聴いているときに、昨日のミヤコ様がやってきた。第4楽章のころだった。
彼女が軽く挨拶してきたので、僕は会釈した。

彼女はソファにむこうを向いて座ると、テレビをつけた。フジテレビの時計は6時過ぎの正確な時間を指していた。僕はロビーにあるアナログの時計とその表示を比較した。そうして僕は、はじめてロビーの時計の正確な進み具合を把握した。
看護婦さんが来て、ミヤコ様の検温をしていった。昨日はよく眠れた、とかそういう会話をしていたようだった。
それからしばらくすると、ミヤコ様はやりきれなそうにしてどこかに行ってしまった。
その朱紅、とでも言うべき色をした彼女のサンダルを、僕はなんとなく見送った。

チャイコフスキーが終わってどうしようかと思ったのだが、結局いつもどおりモーツァルトの40番を聴くことにした。全部聴くには6:40まででは時間がなさすぎたが、時計によれば、第1楽章、第2楽章を聴き終わってから部屋に戻っても、フランス語会話の始まりにはちょっと余裕があるはずだった。

01/07/12


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