昨日の僕は販売店

昨日の僕は販売店


目が覚めたのは3:30だった。僕は、それまで見ていた夢のことを思い出した。
夜明けになるのを待って、僕は部屋の外に出た。


おとといより低い位置の太陽を見ることを期待して、僕は東側の鉄扉を開けていった。
でも、まだまだ日は昇っていなかった。ただうすぼんやりと陽光の気配だけが地平線から広がっていて、角砂糖の向こうに陰影のはっきりついた光線が何本も直線に中空に向かって跳ねていくのが見えた。
おとといは気がつかなかったけど、太陽の出所あたりには、ここから見ると角砂糖よりも背丈のあるビルがちょうど集中して建っているようだった。中空に向かう光線の分岐数を多くしているのは、そのビルの丈と数量だった。

雲もいくらか見えた。東の空は金色に近い黄色をした光線と、それに混ざっていく空色と白がうずまいていた。
角砂糖の向こうのそのビル群を見ていて、僕は昔どこかの資料で見た、赤紫色だか緑青色だかをしたをした地面から生えたような形をしている鉱物のことを思い出した。
僕はそれがどういう名前だったか思い出そうとした。
でも、それはごくありふれたもののはずだったのに、僕にはどうしてもその名前を思い出すことができなかった。
ベランダへの入り口に近づくと、小鳥の鳴く声が聞こえた。外気の湿気も、なんとなく伝わって来た。
僕は、内側の世界に戻っていった。


ロビーから見える世界はまだ暗かった。
その窓の右側にはさっき見た東側の世界の予感のようなものがなんとなく広がっていたが、右側の風景は、むしろ赤紫と、それに混ざっている空色と白の世界だった。

朝の早い時間に、路面が濡れて見えるのはどうしてなんだろう?
早起きしてロビーに来る度に僕はそう思う。昨日大雨が降ったなんていうわけではないのに、路面は際立って真っ黒になっている。眼下にすぐ見える白い建物の屋上はよくあるコンクリ舗装のようになっているのだが、これもまた今日はひときわ黒くなっているように見えて、雨あがりとしか思えないような様相を呈している。

もう慣れているからこそ僕の錯覚だと思えるようなもののと思っていると、果たして日が昇るにつれて、道路も建物の屋上も、次第にいつも見かけるようなありふれた色合いに変わっていった。

駅前商店街の方向、駅よりもだいぶ向こうに大きなマンションがあるのに目がとまった。
それはまるでちょうど野外映画劇場のスクリーンのようで、側面全面に朝日を受けて、僕の位置からはとても白く輝いて見えた。

僕の座っているソファの側にある黄色い花に目をやった。
おとといはまだ茎の上のほうの花は元気だったはずだが、今日見てみるとすべてしおれている。花弁は力なく引力にしたがって下に落ち、そうなることでかえって雄しべやら雌しべやらを保護していた。

胡蝶蘭は元気だった。
これにはどうやら走光性があるようだと気がついたのは、昨日の夕方のことだった。
ロビーでよくその花を見てみると、いろいろ発見があった。
茎はときおり本線と支線に枝分かれし、それぞれ光のほうに向かう。
花も光のほうを向いて咲く。
重要なのは、この2点だった。ロビーに飾ってある花はロビーにいる人を楽しませるために置いてある一方、花の事情としては窓のほうを向きたい、というところのようだった。
何度か誰かが鉢の向きを正反対にしていると思えた。つまり、茎の成長の方向はときおり不自然に湾曲し、さいきん咲いたと思われる花は、その茎がロビーの室内のほうを向いている一方で、まるで手首を折り返したように、花だけが急に180度向きを変えて窓の方向を向いていた。

僕は、しばらくその胡蝶蘭の鉢を眺めていた。胡蝶蘭の白い花びらはとても丈夫で、触ってみるとはっきりした手応えがあったりした。
ここ最近、何かこの花のストーリーが見えてくるのではないかという気がしていた。
でも、結局何も分からなかった。

01/07/16


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